事件記録アーカイブ 一覧 (全 6 件中 1〜6 件)

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Kindleで出版しました 発禁本エロエロ草紙をAIで蘇らせる: 昭和5年の「上品なエロ」を、生成AIはどう読み替えたのか 無料

Kindleで出版しました 発禁本エロエロ草紙をAIで蘇らせる: 昭和5年の「上品なエロ」を、生成AIはどう読み替えたのか

1930年。 一冊の奇妙な本が作られました。 題名は、 『エロエロ草紙』。 作者は酒井潔。 裸体。 モダンガール。 カフェーの女給。 レビューの踊り子。 接吻。 恋愛。 浮気。 艶笑話。 外国の奇妙な風俗。 酒井潔が長年集めてきた「妙なもの」を、一冊の中へ次々と放り込んだような本でした。 酒井自身が目指したのは、 「上品なエロ」と「朗らかなナンセンス」。 ところが国家は、この本を面白いとは考えませんでした。 『エロエロ草紙』は発売前に検閲に触れ、発禁となります。 それから約100年。 時代は大きく変わりました。 社会も変わった。 男女の関係も変わった。 裸体や性表現に対する感覚も変わった。 そして、人間の言葉から画像を作り出す生成AIが登場しました。 そこで本書では、一つの実験を行いました。 『エロエロ草紙』に残された古い挿絵を、現代の生成AIへ渡したらどうなるのか。 すると、不思議なことが起こります。 ある絵は写実化できる。 ある絵は服を着せられる。 ある絵は構図が変わる。 そして、ある絵は生成そのものを拒否される。 もちろん、戦前の国家検閲と現代AIの安全基準は同じものではありません。 目的も制度も違います。 それでも、そこには共通する問いがあります。 「どこまでなら見せてよいのか」 という境界線です。 1930年には、人間の検閲官がその線を引いた。 2026年には、生成AIにも別の線がある。 そして、その線は時代によって変わります。 『エロエロ草紙』は、本当に猥褻だったのか。 それとも、性や恋愛や人間の欲望を笑いに変えたこと自体が、当時の社会には危険だったのでしょうか。 本書は、一冊の発禁本を入り口に、 酒井潔という異端の編集者。 昭和初期のエログロ・ナンセンス。 戦前の出版検閲。 モダンガールやカフェー文化。 そして現代の生成AI。 約100年離れた二つの時代から、「表現の境界」を眺めてみる一冊です。

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Kindleで出版しました 小栗重吉 484日の漂流: 督乗丸漂流事件と現代科学が解く生存の条件 無料

Kindleで出版しました 小栗重吉 484日の漂流: 督乗丸漂流事件と現代科学が解く生存の条件

海の上では、金より水一杯のほうが重い。 1813年。 尾張の船乗り・重吉は、1200石積みの大型廻船・督乗丸の船頭として江戸を出ました。 本来なら、いつものように尾張へ戻る航海でした。 しかし遠州灘で暴風に遭います。 舵を失う。 帆柱を失う。 そして船は、日本から離れる方向へ押し流されていきました。 そこから始まった漂流は、484日に及びます。 乗組員は14人。 救助された時、生きていたのは3人だけでした。 一見すれば、 「食料がなくなったから死んだ」 と考えたくなります。 ところが、督乗丸には大量の大豆が積まれていました。 米もありました。 海水を蒸留して真水を作る道具もありました。 それでも身体は壊れていきます。 一方、日本のはるか南にある鳥島では、別の漂流者たちが長期間生き続けていました。 そこには田畑もありません。 店もありません。 普通の家もありません。 しかし大量の海鳥、魚、海亀、貝類などがありました。 漂流者たちは鳥の肉を食べ、羽や皮を衣服にし、流木や難破船の残骸を利用し、最後には自分たちで船まで造ります。 では、督乗丸と鳥島では何が違ったのでしょうか。 水。 栄養。 ビタミン。 食料の多様性。 魚。 海藻。 衛生。 道具。 そして、極限状態で判断を続ける人間の精神。 本書では、江戸時代の二つの漂流を比較しながら、生存を分けた条件を考えます。 もし重吉たちに、 「端舟を捨てるな」 「雨水を一滴も無駄にするな」 「大豆を全部煎らず、一部を発芽させろ」 「魚を継続して狙え」 という現代の知識を伝えることができたなら。 11人という死者の数は変わったのでしょうか。 もちろん、歴史をやり直すことはできません。 それでも、484日という極限状態を生きた人々の記録から、 「人間が生き残るため、本当に必要なものは何なのか」 を考えることはできます。 本書は、単なる漂流冒険譚ではなく、江戸時代の実録と現代科学を重ねて「生存の条件」を考える一冊です。

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Kindleで出版しました 娑婆 吹上佐太郎: 少女殺人犯・死刑囚が遺した自叙伝と犯罪史 無料

Kindleで出版しました 娑婆 吹上佐太郎: 少女殺人犯・死刑囚が遺した自叙伝と犯罪史

「なぜ、自分はこうなったのか」 死刑を待つ独居房で、吹上佐太郎は自分自身の人生を振り返りました。 後に『娑婆』として残されることになる自叙伝です。 吹上は最初から殺人犯だったわけではありません。 京都で生まれた一人の少年でした。 家族と町を歩き、遊び、叱られれば怖がり、親に甘える。 普通の子どもとしての時間もありました。 しかし九歳ほどで親元を離れ、働き、放浪し、盗みを覚れ、警察や収容施設を経験するようになります。 そして本人は、自分の中である変化が起きたことを振り返っています。 最初の犯罪は怖かった。 しかし一度やってしまうと、二度目は少し怖くなくなる。 警察も怖くなくなる。 監獄にも慣れる。 一つの線を越えると、次の線が少し低く見える。 それが繰り返されていきました。 一方で、吹上には別の人生へ戻る機会もありました。 助けてくれる人がいた。 仕事を与えてくれる人がいた。 文章を書く能力を認めてくれる人もいた。 理髪師として働き続ける道さえありました。 それでも、安定した生活を自ら崩し、問題が起きると別の土地へ逃げ、再び同じようなことを繰り返していきます。 そして最終的には、人の命を奪う犯罪へと進みました。 では、吹上自身は本当にその原因を理解していたのでしょうか。 家庭だったのか。 貧困だったのか。 教育だったのか。 監獄だったのか。 周囲の人間だったのか。 それとも、吹上自身の性格や欲望に、より大きな問題があったのか。 そして何より、『娑婆』は本当に反省のために書かれたのでしょうか。 自分の罪について大量の文章を書きながら、なぜ被害者についてはほとんど語らなかったのか。 本書は、百年前の死刑囚が残した言葉を読みながら、 「犯罪者は、自分自身をどこまで正確に理解できるのか」 という問いを考える一冊です。

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Kindleで出版しました 金子文子と朴烈事件: 『何が私をこうさせたか』現代語版と大逆事件・犯罪心理分析 無料

Kindleで出版しました 金子文子と朴烈事件: 『何が私をこうさせたか』現代語版と大逆事件・犯罪心理分析

「何が私をこうさせたか」 金子文子自身が残したこの言葉は、そのまま彼女の人生を考える問いでもあります。 1903年、横浜に生まれた金子文子。 幼いころ父に捨てられ、戸籍を持たない「無籍」の子として育ちました。 学校へ行きたくても、自由には行けない。 家族の中にも安心できる居場所がない。 やがて朝鮮の親族の家へ引き取られますが、そこでも厳しい生活が待っていました。 一方で、朝鮮人から受けた優しさや、植民地支配の現実にも触れていきます。 日本へ戻った文子は東京へ出て、新聞売り、露店商い、女中奉公などで生活しながら学び続けました。 そして1922年、一人の朝鮮人青年と出会います。 朴烈。 朝鮮の農村に生まれ、貧しい生活の中から学問を求め、日本へ渡った青年でした。 二人は恋人となります。 しかし、それだけではありませんでした。 「なぜ人間は人間を支配するのか」 「国家とは何か」 「天皇とは何か」 二人は思想を共有する同志にもなっていきます。 やがて話は皇室への攻撃や爆弾へと進み、朴烈は実際に爆弾を手に入れようと人に働きかけます。 しかし爆弾は届きませんでした。 実行日も決まっていませんでした。 襲撃も起きていません。 それでも、関東大震災後の混乱の中で拘束された二人は、やがて大逆罪で裁かれることになります。 思想だったのか。 準備だったのか。 それとも、すでに犯罪だったのか。 そして、金子文子はなぜ国家や家族制度、天皇制そのものを否定する思想へ進んだのか。 本書は朴烈事件だけでなく、一人の少女がどのように生き、考え、朴烈と出会い、国家と正面から衝突するまでになったのかを追った一冊です。

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Kindleで出版しました 古田大次郎 革命家はなぜ殺人者になったのか: 『死刑囚の思ひ出』で読み解くギロチン社事件と犯罪心理 無料

Kindleで出版しました 古田大次郎 革命家はなぜ殺人者になったのか: 『死刑囚の思ひ出』で読み解くギロチン社事件と犯罪心理

「言葉だけでは、社会は変わらない」 そう考えた青年は、やがて行動を求めるようになりました。 そして、 「もっと行動を」 「もっと激しい行動を」 と進んでいった先で、一線を越えます。 古田大次郎。 学生時代に社会主義思想に触れ、学生運動、農村運動を経験し、やがて無政府主義へと接近していった青年です。 古田は当初から暴力を求めていたわけではありませんでした。 社会を変えたい。 貧しい人々の生活を良くしたい。 言葉だけで終わりたくない。 そうした思いがありました。 しかし、行動を重視する考えは次第に過激化します。 仲間との関係。 国家権力への怒り。 関東大震災後の社会状況。 大杉栄らの死。 革命資金を得るための「リャク」。 そして銀行員襲撃。 古田自身は後に、自分が進んだ道を振り返り、一線は突然越えたのではなく、少しずつ見えなくなっていったのだと考えています。 獄中では自由、死、恋愛、家族、友情についても思索しました。 革命や国家という大きな言葉を追っていた青年が、鉄格子の中で、家族と食事をすること、友人と話すこと、町を歩くことといった、ごく普通の生活の価値を考えるようになります。 革命家。 テロリスト。 犯罪者。 死刑囚。 古田自身も、自分を一つの言葉だけで説明することはできないと記しています。 本書は、事件史だけでは見えてこない古田大次郎という一人の人間を、本人自身の言葉から読み直す一冊です。

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Kindleで出版しました 井上日召――求道者はなぜ暗殺を選んだのか: 血盟団事件・『梅乃実』『日本精神に生よ』・現代プロファイリング 無料

Kindleで出版しました 井上日召――求道者はなぜ暗殺を選んだのか: 血盟団事件・『梅乃実』『日本精神に生よ』・現代プロファイリング

「なぜ、自分は生きているのか」 「善とは何か。悪とは何か」 幼いころから物事を疑い、「なぜ」と問い続けた井上日召。 青年期にはキリスト教に接近し、船員、工場労働者、教師、兵士、学生を経験。その後は満洲や中国大陸へ渡り、満鉄勤務や情報活動、商売など、さまざまな世界を歩きました。 やがて宗教的な求道の末に、自分なりの「答え」を得たと確信します。 しかし、その確信は次第に社会改革、国家改造へと結びつき、1932年、井上準之助と団琢磨が殺害された血盟団事件へとつながっていきます。 なぜ、答えを求め続けた人間が、自らの答えを疑わなくなったのか。 なぜ、社会を良くしたいという思いが、政治暗殺という行動へ変わっていったのか。 本書は事件だけを見るのではなく、井上日召という一人の人間がそこへ至るまでの長い過程を追った記録です。

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