リンゼイ・アン・ホーカーさん殺害事件――市橋達也の著書『逮捕されるまで』、逃亡劇、無人島サバイバルと逮捕

市橋達也の著書『逮捕されるまで』を参考資料の一つとし、逃亡から逮捕までを独自の構成と文章でまとめたものです。

市橋達也、961日間の暗黒行

その男は、二年七か月ものあいだ、日本という巨大な迷路の中を逃げ回った。

列車に乗った。

船に乗った。

自転車を盗んだ。

山野を歩いた。

名を捨て、服を捨て、ついには自分の顔まで捨てようとした。

けれども、どこまで逃げても、男の背後には一人の女性の死がついてきた。

振り返れば、そこにいる。

目を閉じても、そこにいる。

浴槽の中で土に埋められた、リンゼイ・アン・ホーカーさんの死である。

第1章、逃走と最初の自己整形。。。。。

2007年3月26日。

午後9時40分ごろ。

千葉県市川市福栄二丁目。

市橋達也は、自宅マンションの部屋にいた。

ベランダには、取り外された浴槽が置かれていた。

その中には、全裸に近い状態のリンゼイ・アン・ホーカーさんの遺体があった。

市橋は遺体の上から大量の土をかけていた。

赤玉土。

園芸土。

脱臭剤。

さらに、植物を植えて隠そうとしていた形跡もあった。

市橋は外出するため、服を着替えた。

そして玄関の扉を開けた。

目の前に、私服姿の男が立っていた。

非常階段の方向からも、三人ほどの男女が近づいてきた。

その中には女性警察官もいた。

男は警察手帳を見せた。

そして、市橋に尋ねた。

「リンゼイさんについて、何か知りませんか」

市橋は警察官たちに囲まれた。

しかし、その場で逮捕されたわけではなかった。

警察官が部屋の中へ入ろうとした瞬間、市橋は動いた。

非常階段へ向かって走り出した。

階段にも警察官が配置されていた。

それでも市橋は、警察官の間を抜けた。

階段を駆け下りた。

マンションの裏手にある駐車場を走り抜けた。

そして、行徳駅の方向へ逃げた。

捜査員は市橋を追った。

一度は住宅地に潜んでいる市橋を発見し、背後から羽交い締めにしたともされる。

しかし、市橋はその腕を振りほどいた。

再び走った。

夜の住宅地へ消えた。

市橋は後に、逃亡を始めた理由を、次のように振り返った。

「事件のあと、怖くなって逃げ出した」

だが、市橋が恐れていたのは、リンゼイさんを死なせたことそのものではなかった。

警察に捕まることだった。

自分の生活が終わることだった。

市橋が逃げ去ったあと、警察官は部屋を捜索した。

午後10時ごろ。

ベランダに置かれた浴槽から、土に埋められたリンゼイさんの遺体が発見された。

翌27日、市橋は公開指名手配された。

市橋が逃げ出したとき、十分な準備はなかった。

所持金は約5万円。

逃走中に靴や靴下、上着を失った。

市橋は捨てられていた服や靴を拾った。

公衆トイレへ入り、服を着替えた。

放置されていた自転車にも乗った。

最初に向かったのは上野だった。

市橋は東京大学医学部附属病院へ入り、障害者用トイレにこもったとされる。

そこで鏡を見た。

自分の顔が、間もなく全国へ公開される。

このままでは捕まる。

市橋は裁縫用の針と糸を用意した。

麻酔はなかった。

消毒された手術器具もなかった。

医師もいなかった。

市橋は自分の鼻に針を刺した。

鼻の左右に糸を通し、幅を狭くするために強く縛った。

針が皮膚を貫いた。

血が出た。

糸が皮膚へ食い込んだ。

それでも、市橋はやめなかった。

顔が傷つくことより、捕まることの方が恐ろしかった。

その後も、市橋は顔を変え続けた。

厚い下唇を薄くするため、ハサミで自分の唇を切った。

手配書に特徴として書かれていた左頬のほくろを、カッターナイフで皮膚ごと削り取った。

傷は残った。

だが、市橋にとって、その傷は問題ではなかった。

警察が探している顔でなくなればよかった。

上野を離れた市橋は、秋葉原へ向かった。

ゴミ箱をあさった。

残飯を探した。

捨てられていた服や靴を拾った。

川を見つけると、その水で汚れた足を洗った。

そして、同じ川の水を口に入れた。

夜になると気温が下がった。

眠る場所もない。

市橋は、シイタケを栽培しているビニールハウスを見つけた。

中へ入り、寒さをしのいだ。

空腹になると、そこで育てられていたシイタケを勝手に取って食べた。

医師の両親に育てられ、大学を卒業し、親の所有するマンションで暮らしていた男は、わずか数日で、残飯と盗んだ作物を食べる逃亡者になっていた。