昭和20年 枚方一家六人惨殺事件 終戦から四か月、一家の家から六人の姿が消えた
大阪府北河内郡寝屋川町。 現在の寝屋川市周辺。 そこに一軒の家があった。 一家の主は、繩田芳次郎。六十歳。 繩田はベルトレーシング関係の工場を営んでいた。 工場だけではない。 そこには家族の生活があった。 五十代の妻。三十代の長男。長男の妻。十代の長女。 そして三歳ほどの幼い孫。 三世代。六人。 戦争が終わり、これから家業を立て直していかなければならない一家だった。 だが、この家にはもう一人の男がいた。
昭和・平成・令和に起きた事件を記録するノンフィクション・アーカイブ
大阪府北河内郡寝屋川町。 現在の寝屋川市周辺。 そこに一軒の家があった。 一家の主は、繩田芳次郎。六十歳。 繩田はベルトレーシング関係の工場を営んでいた。 工場だけではない。 そこには家族の生活があった。 五十代の妻。三十代の長男。長男の妻。十代の長女。 そして三歳ほどの幼い孫。 三世代。六人。 戦争が終わり、これから家業を立て直していかなければならない一家だった。 だが、この家にはもう一人の男がいた。
足立区本木町付近には、近所の子供たちが「日の丸プール」と呼ぶ浅い入り江があった。 正式なプールではない。 葦の生える、ただの水辺だった。 昭和二十七年五月十日。 その場所を訪れた少女たちは、水辺に不審な包みがあることに気づいた。 新聞紙などで包まれ、麻ひもで縛られている。かなり大きい。 最初は、犬か猫の死骸ではないか。 そんなものに見えたのかもしれない。 しかし、包みの中から現れたものは、 動物ではなかった。人間だった。
一軒の家に、一つの郵便小包が届けられた。 箱を開ける。 中に入っていたのは一本のウイスキーだった。 当時の地方農村で、ウイスキーは現在ほど日常的な酒ではない。 誰かが贈ってくれた酒。 受け取った側がそう考えたとしても、不自然ではなかった。 ところが、その瓶の中には致死性の毒物が混入されていた。 最初に酒を口にした五十三歳の男性は、まもなく激しい中毒症状に襲われた。
新潟市西堀通り三番町の戸田家では、一人の幼い少女の帰りを待っていた。 少女の名前は、戸田智子。まだ三歳ほどだった。 外へ遊びに出た子供が、夕方になれば家へ戻る。 家族にとって、それはごく当たり前の日常だったはずである。 ところが、その日に限って智子は帰ってこなかった。
北海道の一軒の住宅で、一人の女性が夫によって生命を奪われるという凄惨な事件が起きた。 事件について後年まとめられた北海道の資料には、正式な事件名というより、読む者の目を釘付けにする異様な言葉が残されている。 「女房の頭に五寸釘」 五寸。 現在の長さにすれば、およそ十五センチである。