女房の頭に五寸釘――昭和二十六年、北海道で起きた異様な妻殺し

事件概要

昭和二十六年 一九五一年。

戦争が終わって、わずか六年しか経っていなかった。

日本はいまだ連合国軍の占領下にあり、サンフランシスコ平和条約が調印されるのは、この年の九月である。

北海道でも戦後の混乱は少しずつ収まり、人々は働き、家庭をつくり、昨日と似た今日が訪れる生活を取り戻しつつあった。

そんな時代。

北海道の一軒の住宅で、一人の女性が夫によって生命を奪われるという凄惨な事件が起きた。

事件について後年まとめられた北海道の資料には、正式な事件名というより、読む者の目を釘付けにする異様な言葉が残されている。

「女房の頭に五寸釘」

五寸。

現在の長さにすれば、およそ十五センチである。

画鋲でもない。

細い針でもない。

木造建築の柱や厚い木材などに打ち込むような、長い鉄の釘である。

その五寸釘が、人間の頭部へ打ち込まれた。

しかも被害者は、犯人と偶然出会った女性ではなかった。

妻だった。

加害者側にいたのは、彼女と同じ家で暮らしていた夫だった。

夫。

妻。

家。

包丁。

金槌。

そして五寸釘。

ただそれだけの言葉を並べても、この事件が当時の捜査関係者に強烈な印象を残した理由は理解できる。

しかし、この事件が後年まで語り継がれることになった理由は、残酷な犯行方法だけではない。

妻は、首に致命的とも考えられる重大な損傷を受けた。

さらに頭部には五寸釘を打ち込まれた。

ところが、その直後。

彼女の身体は動いた。

起き上がり、歩いた――。

この異常な事例は約三十年後、まったく別の刑事裁判の中で、法医学者によって紹介されることになる。

「致命傷を受けた人間は、その瞬間に完全に動けなくなるとは限らない」

それを説明するための実例としてである。

一九五一年。

北海道。

普通の夫婦が暮らしていた家で起きた、一つの殺人。

その事件は、犯人の名前でも、被害者の名前でもなく、

「五寸釘」

という異様な凶器によって、犯罪史の片隅に残ることになった。

いつ・どこで起きたか

事件が起きたのは昭和二十六年、一九五一年。

場所は北海道である。

ただし今回の資料からは、正確な発生日、市町村名、番地までを確定することはできない。

したがって、それらを推測して書くことは避ける。

分かっているのは、北海道の一軒の住宅が事件現場になったということだ。

当時の現場写真について資料は、低い屋根を持つ古い住宅で、周囲に大都市のような建物の密集が見られない場所だったと記している。

白黒写真だけを見れば、そこに凶悪犯罪の兆候はない。

普通の家だった。

人が食事をする。

眠る。

朝起きる。

仕事へ出かける。

夜になると帰ってくる。

夫がいる。

妻がいる。

それだけの生活空間だった。

事件現場というものは、事件が起きる前から不気味な姿をしているわけではない。

玄関がある。

窓がある。

台所がある。

寝床がある。

昨日まで家族が生活していた場所が、ほんの短い時間の中で殺人現場へ変わる。

この事件も同じだった。

外から見るかぎり普通の住宅。

だが、その家の中で夫婦の関係は、生命を奪うほどの暴力へ変わったのである。

事件発覚まで

事件が具体的に誰の通報によって発覚したのか。

近隣住民だったのか。

家族だったのか。

夫自身だったのか。

警察官がどの時刻に現場へ到着したのか。

今回の資料から、そこまでは確認できない。

しかし警察が現場へ入り、遺体とその傷を確認したことは確かである。

そこで捜査員たちが目にしたのは、普通の殺人事件では到底忘れることのできない光景だった。

一人の女性。

首には刃物による重大な傷。

そして頭部には、長さ十五センチほどの五寸釘。

釘は本来、木材へ使うものだった。

釘を人間の頭へ「刺した」というより、この事件を語る記録では、

「打ち込んだ」

という表現が残る。

ここが異様だった。

釘を刺すだけなら、一つの動作で済むかもしれない。

しかし「打ち込む」ためには、

釘を持つ。

頭部へ位置を定める。

そして別の道具を使い、打撃を加える。

一度で十分な深さまで入らなければ、さらに打つ。

木材に釘を打つのと同じような一連の動作を、生きた人間に対して行ったことになる。

現場に到着した警察官が、その状態を見たときの正確な会話は残されていない。

だが、状況を再現するならば、捜査員の間では次のような確認が交わされたことだろう。

「これは何だ」

「釘です」

「釘?」

「かなり長い。普通の釘じゃない」

「抜くな。そのままにしておけ。鑑定に回す」

これは逐語記録ではない。

しかし犯罪捜査では、現場にある物をむやみに動かさず、写真を撮り、位置を確認し、物証として保存する。

昭和二十六年にも、現場保存、写真撮影、証拠収集、遺体の検査、関係者への聴取という捜査の基本は存在していた。

そして警察は、妻に何が起きたのかを一つずつ再構成していくことになる。

犯人の生い立ち

犯人は夫――しかし実名・生い立ちは資料上確認できない

犯人側の人物は、被害者女性の夫である。

ここは資料から確認できる。

しかし今回の資料には、その夫の氏名、年齢、出生地、両親、少年期、職業、結婚までの経緯など、「生い立ち」に当たる情報が残されていない。

したがって、

「幼少期から粗暴だった」

「酒癖が悪かった」

「父親から虐待されていた」

「若いころから犯罪を繰り返していた」

といった背景を後世から作り上げることはできない。

同様に、

「嫉妬深い男だった」

「妻の不貞を疑っていた」

「離婚を拒否された」

「金銭問題があった」

といった動機も、資料の範囲では確定できない。

資料自身も、この点について慎重に扱っている。

夫婦間で何が起き、なぜ殺人まで発展したのか。

それは分からない。

分かっているのは、

夫婦という非常に近い関係の中で、

生命を奪うほどの暴力が発生したこと。

そして暴力が一撃だけでは終わらなかったこと。

その象徴が、

包丁と五寸釘だったということである。

この事実はむしろ、犯人の生い立ちを詳細に語れる事件以上に不気味である。

なぜなら、私たちは犯人についてほとんど知らない。

どんな顔だったのか。

普段はどんな夫だったのか。

近隣には愛想が良かったのか。

寡黙だったのか。

働き者だったのか。

荒っぽかったのか。

何も分からない。

事件記録に残ったのは、一人の人間の人生ではなく、

妻の生命を奪った夫。

という部分だけだった。

・事件の前兆
・事件当日の詳細
・捜査・逮捕・裁判
・まとめ