赤バッチ事件 養育料を奪うため乳児を殺し続けた「赤パッチ」の男
事件概要
大正十四年 一九二五年四月。
高知市南部。
潮江の高見山。
その日、一人の男が薪を拾うため山へ入った。
当時の庶民にとって、薪拾いは特別な行動ではなかった。
炊事。
風呂。
暖房。
火を使って生活するため、山へ入り木を集める。
男も、いつもの生活の一部として高見山を歩いていたのだろう。
八丈岩の下方へ差しかかったときだった。
地面の一部が妙に新しい。
土を掘り返した跡。
まるで、誰かが最近そこへ何かを埋めたように見える。
男は足を止めた。
近づく。
そして土の間から突き出している小さなものに気づいた。
木の根ではない。
枝でもない。
白っぽい。
小さい。
先端が分かれている。
一つ。
二つ。
三つ。
四つ。
五つ。
指だった。
赤ん坊の手。
土の中に埋められた乳児の小さな手だけが、地面の外へ突き出していた。
男は驚き、山を下りた。
近所の者へ知らせる。
再現するなら、
「山に……子供がおる」
「子供?」
「違う。土の中じゃ。手だけ出ちゅう」
そんなやり取りが交わされたかもしれない。
高知警察署へ情報が伝わった。
現場へ向かった警察官たちが土を掘る。
すると、さらに異常な事実が判明した。
一人ではなかった。
乳児二人。
一人は生後およそ六か月。
もう一人は生後四十日前後。
しかも、二人とも首を絞められていた。
事故死ではない。
自然死した乳児を正式に埋葬したものでもない。
明確な他殺。
さらに警察官を驚かせたのは、二つの遺体の状態が違っていたことだった。
一方は死亡から相当の時間が経過していた。
腐敗も進んでいる。
もう一方は比較的新しい。
つまり、
二人は同じ日に殺されたのではない。
犯人は以前、一人の乳児を殺して山へ運び、埋めた。
その後、時間を置いて、別の乳児を殺した。
そして再び同じ場所付近へ埋めた。
警察は、
「これは一度きりの子殺しではない」
と考え始めた。
二人の乳児は月齢から考えて同じ母親から生まれた兄弟とは考えにくい。
別々の家庭から生まれた二人。
だが同じ場所へ埋められた。
二つの家庭の間に、
同じ第三者
が存在しているのではないか。
捜査の中心となった松村松蔵巡査は、そこから特異な犯罪を想定した。
当時、経済的事情などから、自分では育てることのできない乳児を、養育料を付けて他人へ預けることがあった。
いわゆる、
「もらい子」
である。
もし犯人が、
「子供を育てます」
と言って乳児を引き取る。
母親から養育料を受け取る。
しかし実際には育てない。
養育料だけを自分のものにする。
そして、金のかかる乳児を殺す。
そうすれば、また次の乳児を預かり、再び養育料を受け取ることができる。
あまりにも冷酷な構図だった。
松村巡査はこの可能性を考え、公文新之助部長刑事らとともに高知市内で聞き込みを始めた。
「養育料付きで赤ん坊を預かる者を知りませんか」
「最近、子供を預けた家はありませんか」
聞き込みを続けると、同じ特徴を持つ老人の話が出た。
六十歳を超える。
大柄。
頭の前方が大きく禿げている。
後頭部にはわずかな白髪。
そして何より目立つのが、
赤いパッチ。
足首まで覆う長いもも引きのような衣類を、いつも赤色で身につけている。
町では本名以上に、
「赤パッチ」
という通称で知られていた。
しかも、その老人に赤ん坊を預けた家庭が一つではなかった。
警察は男の身元を確認する。
中川丑一郎
そして捜査員たちは、中川の過去を調べて愕然とする。
この老人は、乳児殺害が最初の凶悪事件ではなかった。
若いころは大阪相撲の力士。
賭博をめぐる争いで二人を日本刀で斬り殺した。
さらに別の男性も殺害。
その後、高知警察署で自分を監視していた中島貞馬巡査から帯剣を奪い、背後から斬りつけて殺している。
中川は無期徒刑となった。
だが減刑によって社会へ戻った。
そして六十歳を超えてから始めたのが、
養育料を受け取るための乳児殺害
だった。
警察の取調べで、中川は、
五件の「もらい子殺し」
を認めたとされる。
若いころの死者四人。
乳児五人。
資料には、
中川が生涯に九人の人命を奪った
と記録している。
最終的に中川は高知地方裁判所で死刑判決を受けた。
控訴。
棄却。
死刑確定。
若いころから何度も人を殺しながら極刑を免れてきた男は、老境に至って犯した乳児連続殺害によって、ついに死刑を言い渡されたのである。
いつ・どこで起きたか
事件が表面化したのは、
大正十四年四月。
一九二五年。
場所は、
高知市南部、潮江の高見山、八丈岩付近。
ただし、中川による乳児殺害そのものは大正十四年になって突然始まったわけではない。
警察の取調べによって明らかになった最初期の乳児殺害は、
大正九年一月ごろ
まで遡る。
つまり、高見山から二人の乳児が見つかったとき、
一連の犯行はすでに何年にもわたって続いていたことになる。
高見山は中川にとって、殺した乳児の遺体を隠す場所として利用されていたとみられる。
山。
木々。
土。
人目が少ない。
夜や早朝なら、乳児を抱えて歩く老人を見た者も少なかっただろう。
遺体を運ぶ。
穴を掘る。
埋める。
土を戻す。
そして町へ帰る。
一度発見されなければ、
「ここなら大丈夫だ」
と思った可能性がある。
そのため同じ場所、あるいは極めて近い場所が再び使われた。
だが犯人にとって都合のよかった場所が、皮肉にも犯罪の反復性を警察へ知らせることになる。
一体だけなら、
秘密出産。
親による子殺し。
事故。
さまざまな可能性を考えられる。
しかし二体。
月齢が違う。
死亡時期も違う。
同じ場所。
同じ絞殺。
それによって、
別々の家庭の乳児を同じ第三者が引き取っている
という犯人像が浮かび上がったのである。
・事件発覚
・犯人の生い立ち
・事件の前兆
・事件当日の詳細
・捜査
・逮捕
・裁判
・まとめ