旅商人を殺し、その肝を持ち去った二人の男

事件概要

明治三十三年  一九〇〇年。

十九世紀が終わり、二十世紀が始まろうとしていた頃の日本。

東京や大阪では鉄道が伸び、都市には洋風建築が増え、国家としての日本は近代化への道を急速に進んでいた。

しかし、地方へ目を向ければ、人々の暮らしはまだ江戸時代の面影を色濃く残していた。

町から村へ移動するために、人は歩く。

商人は荷物を背負い、あるいは商品を携え、一つの村から次の村へ向かう。

日が暮れれば旅籠や知人宅へ泊まり、翌朝、再び街道を歩く。

そんな時代だった。

福島県白河地方にも、そうした旅人たちが行き交う道があった。

その街道を、一人の旅商人が歩いていた。

その男が、その日のうちに殺されることなど、本人はもちろん誰も知らなかった。

旅商人を殺したのは二人の男だった。

一人は、

鳥之助。三十七歳。

もう一人は、

利三郎。二十八歳。

二人は以前からの知人だった。

しかし、最初から旅商人を殺害するために集まったわけではない。

何日も前から強盗計画を練っていたわけでもなかった。

鳥之助は所用のため棚倉へ出掛け、そこで偶然、知人である利三郎と出会った。

二人はその晩を棚倉で過ごした。

翌日、二人で村へ帰ることになった。

途中、茶店へ立ち寄った。

酒を飲んだ。

気分が大きくなった。

そして再び街道を歩き始めた。

その途中、

上石井付近で一人の旅商人に出会った。

男は一人だった。

鳥之助と利三郎は旅商人と一緒に歩きながら、何気ない世間話をした。

どこから来たのか。

どこへ行くのか。

どんな商売をしているのか。

旅の途中で偶然知り合った者同士による、ごく普通の会話だったのだろう。

ところが、鳥之助と利三郎は旅商人の身なりを見て、別のことを考え始める。

「この男は金を持っているのではないか」

そう考えたのである。

資料では旅商人が「裕福そうな身なり」をしていたとされている。

そして二人の間で、

「ひと稼ぎしよう」

という話になった。

わずかそれだけのことで、

一人の旅人が、

道連れから、

強盗の標的へ変わった。

三人はそのまま歩いた。

旅商人だけが、自分の横を歩く二人の頭の中で、すでに犯罪の相談が進んでいることを知らなかった。

やがて人家が少なくなった。

通行人も見えなくなった。

鳥之助と利三郎は旅商人を人目につかない場所へ連れ込む。

そして金銭を奪った。

しかし、期待していたほどの金はなかった。

資料から読み取れる金額は、

およそ三円。

鳥之助と利三郎は、裕福そうな商人なら相当な金を持っていると考えていた。

ところが実際には、その期待は外れた。

普通なら、

そのまま逃げるという道もあった。

しかし二人は考えた。

旅商人は二人の顔を見ている。

一緒に歩き、話までしている。

生かして帰せば、警察へ行く。

自分たちのことを話す。

捕まる。

ならば――。

証言できないようにすればいい。

二人は旅商人を殺害した。

金を奪う犯罪は、

ここで、

人の命を奪う犯罪へ変わった。

だが、この事件の異様さは、それだけでは終わらない。

殺された旅商人の遺体を前にして、

鳥之助と利三郎は、その場から逃げなかった。

二人は遺体の腹部を切り開いた。

そして、

肝を取り出した。

それを持ち去った。

昔の事件史は、その背景として、当時一部で信じられていた、

「人間の肝は良薬になる」

という俗信を記録している。

強盗。

殺人。

そして死者の身体から臓器を持ち去るという行為。

明治時代の犯罪記録の中でも、異様さの際立つ事件だった。

いつ・どこで起きたか

事件が起きたのは、

明治三十三年六月。

西暦一九〇〇年である。

主な舞台となったのは、

現在の福島県南部、

白河地方から棚倉周辺。

鳥之助は六月十八日、所用のため棚倉へ出掛けた。

そこで利三郎と偶然出会った。

二人はその夜を棚倉で過ごし、

翌日、

自分たちの村へ帰る途中で事件を起こした。

犯行につながる旅商人との遭遇は、

上石井付近

であったと記録されている。

当時の地方の移動手段として、徒歩は極めて一般的だった。

旅商人もまた、商品を携えて村から村へ歩く。

宿に泊まる。

翌日また歩く。

そうした生活をしていた。

現在とは犯罪環境も大きく違っていた。

防犯カメラはない。

携帯電話もない。

街灯も少ない。

人里から外れれば、周囲に一軒の家もなくなる場所がある。

叫び声を上げても、

誰にも届かない。

人が殺されても、

その瞬間を見た者が一人もいない。

街道から少し藪へ入れば、

そこは外の世界から切り離された場所になる。

鳥之助と利三郎が旅商人を襲った背景には、

そうした明治期の地方交通事情も存在した。

・事件発覚まで
・犯人の生い立ち
・事件の前兆
・事件当日の詳細
・捜査
・逮捕
・裁判
・まとめ