事件記録アーカイブ 一覧 (全 2 件中 1〜2 件)

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明治41年  「鬼の権左衛門」と恐れられた大阪の大地主を長五郎が襲った 大地主 資産家 金貸し 500円(税込)

明治41年 「鬼の権左衛門」と恐れられた大阪の大地主を長五郎が襲った 大地主 資産家 金貸し

明治41年(1908年)7月。 大阪府東成郡鶴橋村大字猪飼野、現在の大阪市生野区周辺で、一人の大地主がナイフで襲われた。 被害者は林田権左衛門。 土地と財産を持ち、金貸しとしても知られた地域の有力者だった。 しかし、人々は彼を本名よりも「鬼左」「鬼の権左衛門」という異名で呼んだ。 返済には厳しく、借金を返せない者から土地を取り上げることもあったとされ、権左衛門を恨む者は一人や二人ではなかった。 そんな「鬼」と恐れられた資産家の屋敷へ、ある夜、一人の青年が向かう。 長五郎。 衣服の中にはナイフがあった。 長五郎は権左衛門と対面すると刃物を抜き、身体を刺して逃走。 「鬼左が刺された」 という知らせは瞬く間に猪飼野へ広がった。 しかし犯人にとって大きな誤算が起きる。 権左衛門は死ななかった。 重傷を負いながらも一命を取り留めたのである。 さらに犯人逮捕につながる情報には、当時としては破格の五千円という懸賞金が設定された。 警察には情報が殺到。 そして捜査線上に長五郎が浮かび、追及の末、 「俺がやった」 と犯行を認める。 一方、権左衛門は回復。 ついには「鬼左蘇生の宴」と呼ばれる祝宴まで開かれ、事件は「鬼は刺されても死ななかった」という新たな伝説へ変わっていった。 大地主と小作人。 貸主と借主。 富と貧困。 一本のナイフと五千円の懸賞金。 明治末期の大阪で起きた「鬼権事件」は、単なる刺傷事件ではなく、地域社会に蓄積していた金銭と土地をめぐる緊張まで浮かび上がらせた事件だった。

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昭和28年 瓦屋町・菓子問屋一家四人殺害事件|19歳住み込み店員・松井永明 500円(税込)

昭和28年 瓦屋町・菓子問屋一家四人殺害事件|19歳住み込み店員・松井永明

昭和28年(1953年)9月15日、大阪市南区瓦屋町。 菓子問屋「小柳商店」の二階で、店主夫婦と幼い娘二人が襲われた。 犯人は、外から侵入した強盗ではなかった。 一家と同じ建物で暮らし、約2年間にわたって働いていた19歳の住み込み店員・松井永明だった。 松井は以前から、長時間労働、少ない休日、粗末な食事、主人夫婦の態度などに強い不満を抱き、とくに店主の妻への反感を募らせていた。 事件のおよそ1年前にはすでに殺害を考え、ジャックナイフまで購入。 そして事件前日、仕事を言いつけられた際の言葉遣いに腹を立て、 「今夜、やろう」 と犯行を決意した。 翌朝午前5時ごろ。 眠っていた店主夫婦、3歳の長女、1歳の次女を次々と襲撃。 一家4人全員が命を落とした。 松井はほどなく逮捕され、裁判では犯行当時19歳という若さや労働環境、精神状態などが検討されたものの、最終的に死刑が確定する。 しかし事件は、一人の少年死刑囚の犯罪だけでは終わらなかった。 事件後、大阪労働基準局が松屋町筋の問屋街を調査し、朝早くから深夜まで続く勤務、少ない休日、外出制限など、当時の住み込み少年店員を取り巻く厳しい労働環境が表面化した。 過酷な労働環境は、決して一家4人殺害を正当化する理由にはならない。 それでも、なぜ19歳の店員が一年近く殺意を抱え続け、最後には何の責任もない幼い子どもまで襲ったのか。 少年犯罪、怨恨、住み込み労働、そして死刑判決。 戦後大阪の問屋街を震撼させた「瓦屋町・菓子問屋一家四人殺害事件」を追う。

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