事件記録アーカイブ 一覧 (全 2 件中 1〜2 件)

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見世物小屋の看板に描かれた赤面検事〜放蕩弟を絞殺した姉の裁判と大衆の正義〜 300円(税込)

見世物小屋の看板に描かれた赤面検事〜放蕩弟を絞殺した姉の裁判と大衆の正義〜

大阪で起きた、ある姉弟間の殺人事件の顛末を振り返ります。放蕩の限りを尽くし、親の位牌まで売り払って無心をする実弟を、限界を迎えた姉は手拭いで背後から絞殺しました。法廷では情状酌量の余地が大きいと判断され、「懲役2年・執行猶予3年」の温情判決が下されました。しかし、この事件には司法の枠を超えた意外な後日談がありました。後に検事総長となる当時の担当検事・中野並助は、懲役7年を求刑した自らの姿が、縁日の見世物小屋で「かわいそうな姉を責め立てる赤い顔の悪役」として看板に描かれているのを目撃したのです。司法が下した法的な結論と、大衆が求める直感的な「正義」の間に横たわる深い溝を浮き彫りにする、皮肉で数奇な事件の全貌に迫ります。

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明治38年 大阪・堀江六人斬り(明治38年)遊郭「山梅楼」で起きた惨劇と唯一の生存者のその後|大阪市西区北堀江上通三丁目 貸座敷 山梅楼 800円(税込)

明治38年 大阪・堀江六人斬り(明治38年)遊郭「山梅楼」で起きた惨劇と唯一の生存者のその後|大阪市西区北堀江上通三丁目 貸座敷 山梅楼

明治38年(1905年)、大阪の遊郭「山梅楼」で起きた凄惨な事件「堀江六人斬り」。貸座敷の主人・中川萬次郎が、就寝中の親族や芸妓ら6人を次々と脇差で襲い、5人の命を奪いました。しかし、彼が最も強い殺意を抱いていたはずの内縁の妻と養子は、その夜現場にはいませんでした。なぜ彼の歪んだ怒りは、無関係な少女や若い芸妓たちに向けられたのか? そして、両腕を失う重傷を負いながらも唯一生き残り、口に筆をくわえて過酷な運命を切り開いた芸妓・福美のその後の人生とは。本記事では、単なる「痴情のもつれ」では片付けられない、異常な支配欲と嫉妬が生んだ明治期の重大犯罪の全貌と、生き残った者のその後に迫ります。

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