昭和16年 浜名湖畔の連続殺人事件 少年・中村誠策が浜松一帯を恐怖に陥れた連続殺傷事件 浜松聾啞学校 聾唖者 サイコパス 酒鬼薔薇聖斗より凄い
昭和16年(1941年)、静岡県浜松・浜名湖周辺で、深夜に民家や料理屋へ侵入し、眠っている人々を刃物で次々と襲う連続殺人事件が発生した。 犯人は、浜松聾啞学校に通っていた少年・中村誠策。 中村はまだ十四歳だった昭和13年に、芸妓屋へ忍び込み女性二人を刃物で襲う事件を起こしていた。しかし、この時は逮捕されなかった。 三年後の昭和16年8月、芸妓置屋「和香松」で一人を殺害し、一人に重傷を負わせる。そのわずか二日後には料理屋「菊水」へ侵入し、女将、十六歳の女中、泊まり込んでいた男性使用人の三人を殺害した。 浜松一帯は連続殺人犯への恐怖に包まれ、警察も大規模な捜査を開始する。 そして捜査線上には、一度、中村誠策本人が浮かんでいた。 警察は中村を捜査本部へ呼び出し取り調べたものの、決定的な証拠を得られず解放。その五日後、中村は自宅で家族を襲い、兄を殺害した。 しかも警察官は事件直後の中村家へ入り、二階にいた中村本人を起こしている。 それでも彼が犯人だとは見抜けなかった。 約一年後、中村はさらに農家へ侵入し、一家四人を殺害する。 主要四事件だけで九人死亡、六人負傷。さらに十四歳の時に起こした事件でも二人が負傷した。 昼間は学校へ通い、優秀な生徒として生活しながら、夜には凶器を準備し、標的を選び、犯行後には証拠を隠す――。 なぜ少年はこれほど長期間にわたって犯行を続けることができたのか。なぜ警察は二度も犯人を目の前にしながら見抜けなかったのか。 昭和初期の浜松を震撼させた「浜名湖畔の連続殺人事件」と中村誠策の生い立ち、犯行、捜査、逮捕、精神鑑定、裁判、そして二十歳での死刑執行までを詳しくたどる。