浜名湖畔の連続殺人事件
少年・中村誠策が浜松一帯を恐怖に陥れた連続殺傷事件
昭和16年 1941年8月18日午前2時 浜名郡北浜村貴布祢 芸妓置屋「和香松」 浜松聾啞学校 聾唖者 連続殺人 九人死亡
■事件概要
昭和十六年――一九四一年。
その年の十二月、日本は太平洋戦争へ突入する。
だが八月の浜松は、まだ開戦前だった。
日中戦争は続き、社会には重苦しい空気が漂っていたが、人々は日々の仕事をし、商売をし、学校へ通い、夜になれば家へ帰って眠っていた。
浜名湖周辺には農村が広がり、遠州鉄道の駅の周辺には料理屋、芸妓置屋、商店、農家が点在していた。
そんな浜松一帯で、深夜になると何者かが家の中へ侵入し、眠っている人間を刃物で襲う事件が相次いだ。
犯人はほとんど声を発しなかった。
金品を大量に奪うわけでもない。
被害者同士には明確なつながりがない。
女性がいる家が狙われた。
人が寝静まった時間に侵入し、鋭利な刃物を手に近づき、相手が抵抗できない状態から突然襲いかかる。
最初の本格的な殺人事件では一人が死亡、一人が重傷。
そのわずか二日後、別の料理屋で三人が殺された。
浜松一帯は一気に恐怖へ包まれた。
「今夜、また来るのではないか」
「次は自分たちの家ではないのか」
住民は戸締まりを確認した。
男たちは竹槍や棍棒を用意した。
地域によっては自警団が組まれ、夜間の見回りまで行われた。
警察も大規模な捜査を始めた。
だが犯人は見つからない。
しかも警察が捜査している最中、犯行はさらに続いた。
そして事件の異様さは、その犯人像が判明したとき、さらに増した。
浜松を恐怖に陥れていた人物は、遠方から流れてきた凶悪犯でも、前科を重ねた中年の男でもなかった。
浜松聾啞学校へ通う一人の少年だった。
名は、中村誠策。
中村は一九二三年九月十日生まれ。
最後の大量殺人を実行したとき、まだ十八歳だった。
だが、その凶行は十八歳から突然始まったわけではない。
中村は十四歳のとき、すでに女性二人を刃物で襲う事件を起こしていた。
その事件では逮捕されなかった。
さらに一九四一年の連続事件でも、警察は一度、中村本人を捜査本部へ呼び出している。
それでも解放した。
さらにその数日後、中村は自分の家族を皆殺しにしようとし、兄を殺害、父母、姉、兄の妻、幼い姪らを次々と襲った。
警察官は事件直後、中村家へ到着した。
そして二階で眠っていた中村誠策本人を起こした。
それでも、中村は逮捕されなかった。
犯人は外から侵入したものと考えられたのである。
その結果、中村は約一年後、さらに一家四人を殺害した。
主要四事件だけで九人が死亡。
六人が負傷。
さらに十四歳時の事件でも二人が負傷している。
昭和十九年二月二十三日。
静岡地方裁判所浜松支部は中村誠策に死刑を言い渡した。
同年六月十九日、大審院が上告を棄却。
死刑確定。
七月二十四日、死刑執行。
中村誠策、二十歳。
一連の事件は、一人の少年による大量殺傷というだけではない。
警察が犯人本人に一度たどり着きながら逃したこと。
自宅襲撃事件でも犯人を目の前にしながら見抜けなかったこと。
犯人が殺人の合間に学校へ通い、家族と食卓を囲み、普通の生活へ戻っていたこと。
そして一度の犯行で捕まらなかったことが、次の犯行への心理的な障壁を下げていった可能性。
それらが重なった、極めて異様な連続殺傷事件だった。
■いつ・どこで起きたか
中村誠策による犯行は、資料上、大きく五つの事件に分けて考えることができる。
最初は昭和十三年、一九三八年八月二十一日深夜から二十二日未明。
浜名郡積志村西ケ崎。
芸妓屋「武蔵屋」。
このとき中村は十四歳。
女将と芸妓を刃物で襲ったが、二人は生き残った。
事件は未解決となり、中村の逮捕後に犯行が判明する。
次が昭和十六年八月十八日午前二時すぎ。
浜名郡北浜村貴布祢。
貴布祢駅前にあった芸妓置屋「和香松」。
二十歳の芸妓一人が死亡。
もう一人が重傷を負った。
そのわずか二日後。
八月二十日午前二時ごろ。
浜名郡小野口村小松。
遠州小松駅近くの料理屋「菊水」。
四十四歳の女将、十六歳の女中、六十二歳の男性使用人が殺害された。
そして九月二十七日午前二時すぎ。
今度は中村誠策自身の家。
浜名郡北浜村道本。
中村は外部の強盗が侵入したように偽装したうえで家族を襲い、二十七歳の兄を殺害。
父、母、姉、兄の妻、幼い姪など複数人へ重傷を負わせた。
それでも犯人だとは判明しなかった。
最後の主要事件は翌昭和十七年、一九四二年八月三十日午前零時すぎ。
浜名郡積志村下大瀬の農家。
五十六歳の主人、五十三歳の妻、十九歳の三女、十五歳の三男が殺害された。
家族の一人である十七歳の四女は離れにいたため生き残った。
この最後の事件で被害者側が激しく抵抗し、中村の覆面を奪い、手を噛み、顔を殴った。
中村は現場へ覆面や刃物の鞘を残した。
そして自分自身の顔にも、殴られた痕跡が残った。
それが長く続いた連続事件を終わらせる重要な契機となった。
■登場人物
【中村誠策】
本事件の犯人。
大正十二年、一九二三年九月十日、静岡県浜名郡北浜村道本に生まれたとされる。
比較的裕福な農家の末子。
幼少期から重い聴覚障害があり、発語にも大きな制約があった。
知的能力が低かったわけではなく、浜松聾啞学校では成績が伸び、初等部を首席で卒業したとされる。
手先が器用で、木工、修理、工作などを得意とした。
一方で刃物への強い関心を持ち、十四歳の頃から自ら金属を加工して凶器を作り、人を刺すことを想定した練習まで行っていた。
連続事件では侵入方法を事前に考え、覆面を用意し、凶器を加工し、証拠を隠し、警察へ虚偽の説明をするなど、計画的な行動を繰り返した。
昭和十七年十月十二日に浜松聾啞学校で捜査員に身柄を押さえられ、翌十三日から一連の犯行を認めた。
昭和十九年二月、死刑判決。
同年六月、死刑確定。
七月二十四日、死刑執行。
二十歳だった。
【紅林麻雄】
静岡県警の捜査員。
中村家襲撃事件の現場にも臨場したとされる。
後に浜松聾啞学校で中村誠策を追及し、逮捕へ結びつけた捜査員の一人。
この事件で評価を高めたが、後年には複数の冤罪事件との関連でも知られることになる。
【内村祐之】
精神医学者。
中村誠策の精神鑑定を担当。
知能、感情、道徳判断、抽象的思考能力などを調べ、中村について責任能力が減退していたと見るべきだという趣旨の鑑定結果を示した。
【吉益脩夫】
精神医学者。
内村祐之とともに中村誠策の精神鑑定を担当。
中村の知的能力が単純に低いのではなく、具体的記憶や計算能力を保ちながら、感情的・道徳的判断に著しい偏りがみられる点などを調査した。
【森下澄江】
昭和十六年八月十八日の「和香松事件」で死亡した二十歳の芸妓。
深夜、同僚の女性と眠っているところを中村に襲われた。
【森下千代】
「和香松事件」で重傷を負った二十歳の芸妓。
同僚が襲われた物音で目を覚まし、中村から肩などを刺された。
同僚らからの輸血によって一命を取り留めた。
【水野芳江】
料理屋「菊水」の四十四歳の女将。
直前の殺人事件を恐れ、男性使用人を店へ泊まらせていた。
それでも中村の侵入を防ぐことはできず、殺害された。
【秋田静子】
「菊水」で働いていた十六歳の女中。
異変に気づき、「火事だ、火事だ」と叫んで外部へ知らせようとしたが、中村に襲われ死亡した。
【大川庄吉】
六十二歳。
「菊水」の仕事を手伝っていた男性。
事件直前、女将から「物騒だから」と頼まれて泊まり込んでいた。
家を守るために泊まった夜、中村の最初の標的となり死亡した。
【水野康平】
女将の養子だった十一歳の少年。
事件当夜、異変に気づき店から逃走。
約三百メートル走って駐在所へ助けを求め、警察へ事件を知らせた。
【中村家側の被害者について】
中村誠策の父、母、兄、姉、兄の妻、姪らも中村自身による襲撃の被害者となった。
父は「中村文蔵」。
母は「中村トヨ」。
死亡した二十七歳の兄は「中村正一」。
兄の妻は「中村美代」。
姉は「中村春江」。
幼い姪は「中村千佳」。
【川村美佐子】
昭和十七年八月三十日の農家一家殺害事件で死亡した十九歳の三女。
数日前、電車内で中村に目をつけられ、その後尾行され自宅を突き止められた。
犯行当夜、中村の覆面を剥ぎ取り、手へ噛みつくなど激しく抵抗した。
【川村忠雄】
五十六歳。
美佐子の父。
農家の主人。
一家襲撃事件で死亡。
【川村キヨ】
五十三歳。
美佐子の母。
襲撃時に悲鳴を上げ、家族を目覚めさせたが死亡した。
【川村浩一】
十五歳。
美佐子の弟。
姉を守るため中村へ殴りかかり、顔面を殴打。
中村に傷を残した。
しかし自身も致命傷を負い、警察官へ犯人の特徴を伝えたのち死亡した。
【川村秋子】
十七歳。
一家の四女。
離れで眠っていたため襲撃を免れた。
事件後、母屋へ向かい家族が倒れているのを発見。
隣家へ助けを求め、事件発覚につながった。
■事件発覚
一連の事件は、最初から「中村誠策による連続殺人」として認識されたわけではない。
昭和十三年の武蔵屋事件は、女性二人が襲われながら犯人が捕まらず、未解決となった。
三年後の昭和十六年。
和香松で一人が死亡、一人が重傷。
二日後の菊水では三人が死亡。
ここで警察は、単独の殺人ではなく連続事件の可能性を強く疑い始める。
侵入は深夜。
女性のいる家。
刃物。
金品強奪の痕跡が乏しい。
そして犯人が一言も声を発していない。
過去事件を洗い直す中で、武蔵屋事件との類似点が浮かんだ。
さらに、武蔵屋事件の前後に近隣の映画館で、
「耳が聞こえないらしい、不審な少年」
が目撃されたという情報があった。
警察は聴覚障害を持つ若者にも捜査を広げた。
そこで一人の少年の名が出た。
中村誠策。
昭和十六年九月二十二日。
中村は捜査本部へ呼び出された。
警察は本人に接触している。
しかし約一時間の取り調べの後、決定的な証拠を得られず解放した。
その五日後。
中村は自宅で家族を襲った。
警察官は現場へ急行。
二階にいた中村本人を起こした。
だが、その場でも中村は犯人と見抜かれなかった。
そして約十一カ月後。
さらに四人が殺される。
つまり事件は、一度ならず二度まで、犯人本人が警察の目の前にいたにもかかわらず止められなかったのである。
・続きの文章
・犯人の生い立ち
・事件の前兆
・当日の詳細
・逮捕
・裁判
・判決
・まとめ