昭和33年 デパート「そごう」宿直員殺し一人勤務の夜を狙った社員・森中斗志
昭和33年(1958年)5月11日夜。 東京・築地にあった、そごう百貨店の配送部で、一人の宿直員が殺害された。 被害者は43歳の高橋正雄。 その夜、高橋は配送部で一人、宿直勤務についていた。 午後9時半過ぎ。 「運送屋の者ですが、届け物があります」 そう名乗る男が配送部を訪れた。 高橋は仕事上の訪問だと思い、男を中へ入れた。 しかし、その男は運送業者ではなかった。 同じ「そごう」に勤務する28歳の社員、森中斗志だった。 森中は会社関係の金約5万円を使い込み、その他の金銭問題も合わせて約20万円を必要としていた。 追い詰められた森中は、問題を会社へ打ち明けるのではなく、強盗によって金を作ろうと考える。 90円で刃渡り10センチ余りのナイフを購入。 当初は大丸有楽町店を狙うつもりだった。 しかし途中で考えを変える。 「そごうの配送部なら、宿直員が一人だ」 自分が働いている会社だからこそ知っていた内部情報。 夜間の人員。 配送部の場所。 一人勤務になる時間。 本来は業務のための知識が、犯罪計画へ利用された。 森中が配送部へ入ると、高橋は次第に男の様子を不審に思う。 すると森中はナイフを抜き、高橋を襲った。 高橋も必死に抵抗し、激しい格闘となる。 途中でナイフが折れるほどだった。 それでも森中は犯行をやめなかった。 高橋は死亡。 犯行後、森中はすぐに逃げるのではなく、現場や自分の衣類、靴、レインコートなどに付着した血液の痕跡を洗い、犯行に結びつく物を川へ捨てるなど証拠隠滅を図った。 そして何食わぬ顔で日常へ戻ろうとする。 警察に対しても、 「何も知りません」 と否認した。 しかも捜査当初、森中を殺人へ直接結びつける決定的な物的証拠はほとんどなかった。 それでも警察は、事件直後に森中が取った休暇、会社の金の使い込み、古物商への品物の売却、事件当日の行動、アリバイの矛盾など、小さな事実を一つずつ積み上げていく。 やがて森中の説明は崩壊した。 「……私がやりました」 森中は犯行を自白。 昭和33年7月6日、強盗殺人罪で起訴された。 検察は死刑を求刑したが、裁判所が言い渡した刑は無期懲役だった。 犯人と被害者の間に、長年の恨みがあったわけではない。 高橋が森中の使い込みを告発したわけでもない。 彼が標的となった理由は、あまりにも単純だった。 「その夜、一人で宿直していたから」 華やかな百貨店の裏側で起きた、同僚による強盗殺人事件。 森中斗志はなぜ自分の勤務先を襲撃先に選んだのか。決定的物証の乏しい中、警察はいかにして犯人へ迫ったのか。 事件発生から犯行計画、証拠隠滅、捜査、自白、裁判、無期懲役判決までを詳しくたどる。