井上日召『日本精神に生よ』現代語訳|獄中で問う国家・宗教・日本精神
国家を変える前に、人間そのものが変わらなければならない――。 『日本精神に生よ』は、井上日召が獄中生活の中で、自らの過去、国家、宗教、法律、思想、そして「人間はいかに生きるべきか」という問題に向き合った記録である。 かつて「日本を変えなければならない」と考えて行動した井上は、獄中で自らの思想と行為をあらためて見つめ直していく。国家や社会を憂えたという動機だけで、人を殺したという事実が消えるわけではない。一方ですべてを間違いだったとして過去から逃げることもできない。その二つを同時に背負いながら、井上は自らの責任、罪、死、家族、信仰について考え続けた。 本書で繰り返し問われるのが、「日本精神とは何か」という問題である。 天皇への忠誠なのか。 国家のために死ぬことなのか。 武士道なのか。 井上は、それだけではないと考える。他人を思いやること、自分の欲望を抑えること、弱い者を助けること、自分より大きなもののために尽くすこと。そうした日常の生き方まで含めて、日本精神を捉えようとした。 さらに、国家と宗教、法律と人間、資本主義と共産主義、権藤成卿の思想、教育、責任、成功、家族、信仰について思索を広げながら、井上は一つの結論へ近づいていく。 制度だけを変えても社会は変わらない。 思想だけでも人間は救えない。 それを動かす「人間」が変わらなければならない。 そして最後に示されるのが、「正義とは大衆の幸福なり」という考えである。 本稿では『日本精神に生よ』を読みやすい現代語でたどりながら、昭和という激動の時代を生きた井上日召が獄中で何を悔い、何を信じ、国家と人間についてどのような答えを探そうとしたのかを読み解いていく。