『日本精神に生よ』現代語訳

井上日召――求道者はなぜ暗殺を選んだのか: 血盟団事件・『梅乃実』『日本精神に生よ』・現代プロファイリング (事件記録アーカイブ)
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昨年の暮れ、私は九州を巡っていた。そして二月初めには関西方面へ向かうつもりでいた。

正月には帰ってくるつもりだったのだが、事情があってその予定は大きく狂ってしまった。

私はこれまで、井上君たちの事件について何度も考えてきた。

事件そのものについて、世間ではさまざまなことが言われている。しかし、その行動だけを見て彼らを判断するのは正しくない。なぜ彼らがあのような行動に出たのか、その心の奥まで見なければ、本当の姿は分からないと思うのである。

井上君をはじめとする人々は、世間で言われているような単なる凶暴な人間ではない。

むしろ彼らは、非常に真剣に国家や社会について悩んでいた人々である。

もちろん、その方法について賛成するか反対するかは別問題である。しかし彼らの心の中にあったものまで、単なる犯罪者の心理として片づけてしまうことには、私は賛成できない。

私は井上君と何度か話をした。

その言葉を聞くにつれて、この男の中には非常に強い信念があることが分かった。

それは政治的な主張だけではない。

もっと根の深い、人間としてどう生きるべきかという問題であった。

ある時、井上君は私にこう語った。

「自分がしたことについて、責任を逃れようとは思いません」

彼は決して自分の行動を人のせいにはしなかった。

そして、

「自分が正しいと思ったことをした。その結果については、自分で受けなければならない」

という態度を崩さなかった。

この点だけでも、普通の犯罪者とはかなり違っている。

もちろん、だからといって彼のした行為そのものが正当化されるわけではない。

だが、人間を理解しようとするなら、その人間がどのような思想を持ち、どのような苦悩の末に行動したのかを知らなければならない。

井上君たちが何を考え、何を求めていたのか。

この本を読む人には、できれば先入観を捨てて読んでもらいたい。

人間には、外から見ただけでは分からない心の世界がある。

昭和九年九月九日
小石川の寓居にて
木島完之

編者の言葉

私は俳句を語る資格など持っていない。

だが井上君のこの句を口にするとき、何とも言えないものを感じるのである。

井上君と共同生活を送り、同じ事件の中に身を置いた人々の心について、私自身いろいろ考えさせられてきた。

井上君の「こころ」を世間に伝えることには、それなりの意味があると思った。

それが、この本を世に出そうと思った理由である。

警察の取調べ、裁判、獄中生活――。

そうしたものを通して、井上君たちは普通の生活とはまったく異なる世界に置かれることになった。

そこで何を考えたのか。

死についてどう考えたのか。

国家についてどう考えたのか。

自分自身をどう見たのか。

それをできるだけ本人の言葉のまま残したいと思った。

文章については、現在の読者には分かりにくい表現や、当時の特殊な言い回しもある。

また、獄中で書かれた文章であるため、十分な資料をそろえることもできず、記憶によって書かれている部分もある。

人名や年月日などに多少の誤りがあるかもしれない。

しかし、それ以上に重要なのは、この文章に現れている本人の精神である。

私はできるだけ原文を尊重し、不必要な修正を加えないことにした。

昭和九年十二月二十二日
井上日召

自序

夏の日差しを見ると、何となく故郷の風景が思い出される。

それだけではない。

私は獄中にいる。

鉄格子の向こうにある空を見ていると、外の世界にいたころには感じなかったことを、いろいろ考えるようになった。

私は以前から、

「自分はいったい何をしてきたのだろう」

と考えることがあった。

しかし、そんな疑問をじっくり考える余裕などなかった。

次から次へと出来事が起こり、そのたびに自分は前へ進んでいった。

昨日までの自分と今日の自分。

その間に何があったのか。

今になって考えてみると、それは決して簡単なことではない。

獄中という場所は不自由である。

しかし、この不自由さのために、かえって自分自身を見つめる時間ができたとも言える。

外にいたころには、人間は何かに追われながら生きている。

金。

仕事。

世間。

家族。

欲望。

名誉。

そういうものが次々に押し寄せてきて、自分の心を静かに見つめる時間などほとんどない。

ところが獄中では違う。

何もない。

だから否応なく、自分の心と向き合うことになる。

自分のしたこと。

自分の信じたこと。

間違っていたこと。

正しかったと思うこと。

それらが、一つ一つ心の中に浮かび上がってくる。

私はこの文章を、誰かに評価してもらうために書くのではない。

文学作品を書こうとしているのでもない。

ただ、自分が何を考え、何を感じたのかを書き残しておきたいのである。

同時に、私と一緒に行動した人たちについても書いておきたい。

彼らは世間から見れば「犯罪者」である。

だが、私にとっては、一人一人が生きた人間である。

笑ったこともある。

腹を立てたこともある。

失敗したこともある。

くだらない冗談を言ったこともある。

そして、真剣に悩んだこともある。

そうした人間の姿を、そのまま書いてみたいと思う。

文章が下手であることは自分でも分かっている。

誤字もあるだろう。

記憶違いもあるかもしれない。

それでも、この中にある私の気持ちだけは偽りではない。

昭和八年十二月十二日
井上日召

冬 晴れ

十二月十二日

昨夜、同じ独房に近いところにいる兄弟分の者から、手紙をもらった。

今日返事を書こうと思う。

この男とは、まだ外にいたころから長いつき合いである。

人間というものは不思議なもので、外にいる時にはそれほど気にも留めなかった相手が、獄中に入ると急に懐かしくなることがある。

今ここで、こんな静かな気持ちで昔のことを考えるなどとは思ってもいなかった。

獄中生活は単調だ。

朝が来る。

食事が来る。

運動をする。

また独房へ戻る。

夜になる。

その繰り返しである。

だが、この単調さの中で、一日の重みが外にいたころとは違って感じられる。

以前なら、一日などあっという間に過ぎていった。

今は、一時間一時間をはっきり意識する。

午後になると、少し空気が暖かくなった。

外ではどんな暮らしが行われているのだろう。

町を歩く人。

働いている人。

家族と食事をする人。

そういう普通の生活が、妙に遠いもののように思われた。

求道の一路

十三日

今日は朝から気分が悪かった。

昨夜から少し頭が重い。

食事をしても、あまりうまいとは感じない。

独房にいると、身体のわずかな変化まで気になる。

私は横になりながら考えた。

自分はどこへ向かっているのだろう。

死刑になる可能性もある。

そのことは分かっている。

だが、「死ぬ」ということを本当に理解しているのかと考えると、自信がない。

人は簡単に、

「死ぬ覚悟はできている」

と言う。

私自身も言ってきた。

しかし、本当に死が目の前へ来た時、人間は同じことを言えるのだろうか。

そんなことを考えているうち、独房の鉄格子を見つめていた。

やがて看守が来た。

何か用事があったらしい。

その後、同じ事件の仲間についての話が耳に入った。

皆それぞれ違う。

強い者もいる。

弱い者もいる。

口数の多い者もいる。

ほとんどしゃべらない者もいる。

だが、一人一人に自分なりの考えがある。

ある男は先生に、

「知らない」

と答えたという。

先生は、

「知らないということを知っているだけでもいい」

というようなことを言った。

なるほどと思った。

人間は、自分が知らないということを認めるのが意外に難しい。

何でも分かったような顔をしてしまう。

とくに政治や社会の問題になると、人は簡単に断定する。

だが本当は、ほとんど何も知らないのかもしれない。

私たちの事件についても同じだ。

世間ではいろいろ言われている。

新聞も書いた。

評論家も論じた。

しかし、本当のところを知る者はどれだけいるだろう。

それは私たち自身についてさえ同じである。

なぜ自分はあの行動をしたのか。

本当にそれだけしか道がなかったのか。

今でも考える。

ある時、先生が私に尋ねた。

「君は、自分のしたことが絶対に正しかったと思うのか」

私はすぐには答えなかった。

正しいと思って行ったことには違いない。

だが、今になって考えると、正しいとか間違っているとかいう言葉だけでは簡単に片づけられない。

人間の行為には、その時の状況がある。

感情がある。

思想がある。

仲間がいる。

そして時代がある。

それらをすべて取り去って、

「正しいか、間違っているか」

と聞かれても、簡単には答えられない。

私たちは若かった。

血気にはやっていた者もいた。

社会を変えなければならない、と本気で思っていた。

政治家や財界人の行動を見て、

「このままでは日本は駄目になる」

と考えていた。

そして何か行動しなければならないと思った。

今考えると、そこには危うさもあった。

若い人間は、物事を単純に考えやすい。

敵と味方。

善と悪。

正義と不正。

しかし社会はそんなに単純ではない。

一人の人間の中にさえ、善い部分と悪い部分がある。

それを私は獄中へ来てから、以前より強く感じるようになった。

ある日、私は一人の青年と話した。

彼はまだ若く、二十代だった。

顔を見ると実に穏やかである。

とても凶悪な犯罪者には見えない。

彼は自分の身の上を淡々と話した。

私は聞いていて、

「人間は分からないものだ」

と思った。

外見だけを見れば、普通の青年である。

だが、その人生の中には、他人には分からない苦しみがあった。

だからといって犯罪が許されるわけではない。

しかし、人間を理解するには結果だけを見てはいけないのだろう。

獄中にはさまざまな者がいる。

殺人を犯した者。

窃盗を犯した者。

詐欺をした者。

思想事件で入っている者。

何度も刑務所へ来ている者。

初めて来た者。

その一人一人に人生がある。

私は時々、

「人間はどこから道を外すのだろう」

と考える。

ほんの小さな出来事から始まることもある。

家庭の問題。

貧困。

失恋。

仕事。

酒。

金。

そして一度踏み外すと、次の一歩が簡単になる。

最初は恐ろしかったことが、二度目には少し平気になる。

三度目には当たり前になる。

これは恐ろしいことだ。

ある若者は、獄中でも冗談ばかり言っていた。

「先生、こんな所でも人間は腹が減りますよ」

そう言って笑った。

私も笑った。

考えてみれば当然である。

死刑を待つ者でも腹は減る。

悲しんでいる者でも眠くなる。

どんな思想を持っていても、人間は人間である。

こういう当たり前のことが、獄中へ来ると妙にはっきり分かる。

また、別の男は私に言った。

「俺はもう何も望みません」

私は、

「本当にそうか」

と聞いた。

彼はしばらく黙ってから、

「いや、やっぱり外へ出たいですね」

と言った。

その言葉が妙に心に残った。

人間はやはり生きたいのだ。

どれほど絶望していても、生への執着は残る。

獄中で考える「死」

死については何度も考えた。

自分は死を恐れていない。

そう言い聞かせることもある。

だが完全に恐怖が消えているわけではない。

夜、一人になった時、

「もし明日死刑を告げられたらどうする」

と自分に問いかける。

すると胸の奥に何かが動く。

それを恐怖と呼ぶのかどうかは分からない。

私は死そのものよりも、

「自分の人生はこれでよかったのか」

という問いの方が恐ろしい。

死の瞬間に後悔すること。

それが一番嫌だ。

だから今、自分の人生をできるだけ正直に振り返っている。

人間は、生きているうちは自分を正当化する。

失敗には理由をつける。

悪いことをした時には、

「あの人が悪かった」

「社会が悪かった」

「仕方がなかった」

と考える。

だが獄中では、最後には自分一人になる。

言い訳する相手がいない。

そこでようやく、

「自分はどうだったのか」

と考えざるを得なくなる。

私も同じである。

仲間たち

仲間の中には、実に愉快な男もいた。

深刻な状況の中でも冗談を言う。

ある時、

「日召さん、外へ出たら何をします」

と聞かれた。

私は、

「そんなことを考えても仕方がないだろう」

と言った。

すると彼は、

「考えるだけならただですよ」

と笑った。

なるほど、その通りだと思った。

別の男は、

「出られたら、まず腹いっぱい飯を食います」

と言う。

「何を食いたい」

と聞くと、

「何でもいい。白い飯だ」

と言った。

獄中にいると、外では何でもなかったものが非常にありがたくなる。

白い飯。

風呂。

布団。

自由に歩くこと。

家族と話すこと。

窓を開けること。

それらが、どれほど大きなものだったかを思い知らされる。

宗教と信仰

私は宗教についても考えた。

以前から私は、人間には信仰が必要だと思っていた。

しかし獄中へ来て、それをさらに強く感じるようになった。

人間が最後に頼れるものは何なのか。

金ではない。

地位でもない。

名誉でもない。

そういうものは、ここでは何の役にも立たない。

独房の中では、金持ちも貧乏人も同じである。

肩書も消える。

最後に残るのは、その人自身である。

その時、人間は何を支えにするのか。

私はそこに宗教の意味があるように思う。

だが、宗教をただ形式として信じるだけでは駄目だ。

経文を唱える。

礼拝する。

寺へ行く。

教会へ行く。

それだけで人間が救われるとは思わない。

大切なのは、自分自身の生き方が変わることだ。

ある者が私に言った。

「先生、神様は本当にいるんですか」

私は答えた。

「私にそれを証明することはできない」

すると彼は、

「それじゃ困ります」

と言った。

私は笑った。

「証明できるものだけを信じるなら、それは信仰ではないだろう」

彼もしばらく考えていた。

マルクス主義者との議論

獄中にはマルクス主義者もいた。

私は彼らともよく話をした。

彼らは非常に熱心だった。

資本主義の矛盾。

労働者の貧困。

階級社会。

帝国主義。

彼らなりに真剣に考えている。

私は考え方そのものには同意しない部分が多かったが、彼らの真剣さまで否定する気にはならなかった。

ある青年が、

「資本主義をなくさない限り、人間は幸福になれません」

と言った。

私は、

「制度を変えれば、本当に人間の欲はなくなるのか」

と尋ねた。

彼は、

「少なくとも不公平は減ります」

と言う。

そこで私は、

「制度も重要だ。しかし制度を作るのも人間だ。人間そのものが変わらなければ、別の不公平が生まれるのではないか」

と言った。

議論は長く続いた。

結論は出なかった。

だが、私はこういう議論が嫌いではない。

日本という国

私は日本について考える。

日本はこれからどこへ行くのだろう。

世界は大きく動いている。

欧米。

ソ連。

中国。

アジア。

どの国も自国の利益を求めている。

その中で日本も生きていかなければならない。

しかし単に強い国になればよい、とは思わない。

軍艦を増やす。

兵士を増やす。

領土を増やす。

それだけで立派な国になるわけではない。

国を作るのは人間である。

国民一人一人の心が腐っていれば、どれほど軍備を増やしても国は強くならない。

私は以前、

「日本を変えなければならない」

と考えて行動した。

今もその気持ちそのものは消えていない。

しかし今では、

「まず人間が変わらなければならない」

という思いが以前より強い。

政治家だけを倒しても、別の政治家が出てくる。

財閥だけを倒しても、人間の欲望がなくならなければ、別の支配者が生まれる。

問題の根は、人間の心にもある。

共産主義について

ある日、共産主義者と話をした。

彼は、

「宗教は人民を眠らせるものだ」

と言った。

私は、

「では共産主義そのものが、新しい宗教になってはいないか」

と尋ねた。

彼は怒った。

「そんなものではない。科学です」

私は、

「科学なら、間違っている可能性を認めなければならないだろう」

と言った。

彼はしばらく黙った。

私は別に彼をやり込めようと思ったわけではない。

どんな思想でも、

「自分だけが絶対に正しい」

と思った瞬間に危険になる。

これは共産主義に限らない。

国家主義でも同じだ。

宗教でも同じだ。

私自身も例外ではない。

そのことを、私は自分の過去から痛感している。

信念は必要である。

しかし信念が強すぎると、自分と違う人間の命や考えを軽く見るようになることがある。

それは恐ろしい。

再び裁判へ

裁判の日が近づくと、獄内の空気も少し変わった。

「今度はどうなるだろう」

誰もがそう思っている。

死刑になる者。

無期になる者。

有期刑になる者。

判決によって人生が決まる。

しかし不思議なことに、裁判が近くなるほど落ち着いてくる者もいた。

ある男は、

「もうどうにでもなれですよ」

と言った。

別の男は、

「俺は死刑だと思っています」

と笑った。

本当にそう思っているのか、それとも恐怖を隠しているのか、私には分からなかった。

裁判所へ出る時、久しぶりに外の空気を吸う。

護送車の小さな窓から町が見える。

人が歩いている。

店が開いている。

子供がいる。

それだけで胸がいっぱいになる。

以前なら何でもなかった景色である。

ある時、外を見ながら一人が言った。

「ああ、普通に歩いているだけで自由なんですね」

誰も答えなかった。

外国人との会話

獄中には外国人もいた。

ロシア人、朝鮮人、中国人など、さまざまである。

言葉が十分通じなくても、人間同士、不思議と気持ちが分かることがある。

ある外国人は日本語がかなり上手だった。

彼は私に、

「日本人はどうしてそんなに国のことを考えるのですか」

と尋ねた。

私は少し考えてから、

「そういう教育を受けてきたからでもあるし、日本人には昔からそういうところがあるのかもしれない」

と答えた。

彼は、

「自分の家族の方が大事ではありませんか」

と言った。

私は、

「家族も大事だ」

と答えた。

しかし、その質問は後まで心に残った。

国家のため。

社会のため。

大義のため。

そう言いながら、身近な人間を泣かせることがある。

それで本当に正しいのか。

簡単には答えられない。

父のこと

父のことを思い出すことがある。

若いころには反発した。

何も分かっていないと思った。

だが自分が年齢を重ねると、父の言ったことの意味が少しずつ分かってくる。

親は子供に対して、いろいろ言う。

若い者には、それがうるさく感じられる。

しかし親には親なりの心配がある。

私が事件を起こした時、父はどんな気持ちだっただろう。

私はそれを考えると苦しくなる。

母のことも同じである。

母親というものは、子供がいくつになっても子供として見る。

獄中へ手紙が来る。

字を見るだけで、母の顔が思い浮かぶ。

私は多くの人を悲しませた。

その事実から逃げることはできない。

自分の罪

「自分は国家のためにやった」

そう言えば、いくらでも立派に聞こえる。

しかし、それだけで人を殺したという事実が消えるわけではない。

私はこのことを忘れてはならないと思う。

動機がどれほど立派でも、死んだ人間は帰ってこない。

その家族の悲しみも消えない。

だから私は、

「自分は正義だった」

という一言で過去を片づけることをしたくない。

同時に、

「すべて間違っていた」

と言って逃げるつもりもない。

私はあの時、本当に日本の将来を心配していた。

これは嘘ではない。

だからこそ、その両方を背負わなければならない。

「日本精神」とは何か

日本精神という言葉はよく使われる。

だが、

「日本精神とは何だ」

と聞かれると、簡単には答えられない。

天皇に忠誠を尽くすことだけなのか。

国家のために死ぬことなのか。

武士道なのか。

私はそれだけではないと思う。

他人を思いやる心。

自分より大きなもののために尽くす心。

義理を守ること。

弱い者を助けること。

自分の欲望を抑えること。

そうしたものも日本人が昔から大切にしてきた精神ではないか。

もし「日本精神」という言葉を使いながら、人を見下し、自分の利益ばかり求めるなら、それは本当の日本精神ではない。

愛国心を口にしながら私腹を肥やす者がいるなら、そういう者こそ日本を弱くする。

私はそう思う。

獄中で得たもの

監獄へ入って、私は多くのものを失った。

自由を失った。

仕事を失った。

家族との生活を失った。

将来も失ったかもしれない。

しかし、得たものもある。

人間を見る目。

自分を見る時間。

そして、当たり前の日常のありがたさ。

外へ出ることができるかどうかは分からない。

死刑になるかもしれない。

長い刑になるかもしれない。

それでも、今ここで考えたことまで失う必要はない。

人間はどんな場所にいても、自分の心を磨くことはできる。

私はそう信じたい。

獄内のささやかな日々

秋になった。

監獄の外で虫が鳴いている。

鉄格子越しでも季節は分かる。

ある日、木の葉が落ちるのを見た。

たったそれだけのことなのに、長い間眺めていた。

自由だったころなら、そんなものを気にも留めなかっただろう。

人間は失って初めて、その価値を知る。

ある囚人が、

「来年の桜は見られますかね」

と言った。

私は答えなかった。

彼もそれ以上言わなかった。

私たちにとって「来年」という言葉は、普通の人とは少し違う重みを持っていた。

最後に

獄中で私は、何度も自分自身を問い直した。

自分はいったい何者なのか。

何を信じてきたのか。

何のために生きたのか。

そして、もし再び人生を与えられるなら、どう生きるのか。

完全な答えはまだない。

おそらく、人間は死ぬまで答えを探し続けるのだろう。

それでいいのかもしれない。

求道とは、答えを得ることではなく、問い続けることなのかもしれない。

私はまだ道の途中にいる。

獄中にあっても、その道だけは歩き続けたい。