大正4年 小石川七人斬り惨劇 東京電燈小石川出張所大量殺傷事件
大正4年(1915年)3月15日未明、東京府東京市小石川区表町にあった東京電燈株式会社小石川出張所で、後に「小石川七人斬り」と呼ばれる凄惨な大量殺傷事件が発生した。 一階で眠っていた作業員4人と、二階で暮らしていた主任一家が次々と襲われ、7人が負傷。そのうち作業員4人と主任の妻、合わせて5人が死亡した。 犯人は、前科を持つ大岩寅次郎と香取彦次郎。二人が知り合った場所は監獄だった。東京電燈で働いた経験のあった香取は、出張所に金庫があることを知っており、大岩とともに強盗を計画。便所の窓から建物へ侵入した。 しかし、二人が狙った金庫は最後まで開かなかった。 大金を手にすることもないまま、七人が襲われ、五人の命が奪われた。 しかも事件現場は、警察署のほぼ目の前だった。 犯人たちはなぜ、これほど大胆な犯行に及んだのか。そして半年近く捕まらなかった二人を、警察はいかにして追い詰めたのか。 大正時代の東京を震撼させた「小石川七人斬り」の発生から捜査、逮捕、裁判、死刑執行までを、当時の記録をもとに詳しくたどる。