明治5年 夜嵐お絹事件 愛した歌舞伎役者と結ばれるため、生活を支えた男を毒殺した原田キヌ 東京・小塚原 嵐璃鶴 二代目市川権十郎
明治5年(1872年)、東京・小塚原で処刑された「夜嵐お絹」こと原田キヌの事件の全貌に迫る記事です。幼い頃に両親を亡くして困窮したキヌは、金貸しの大林銀平の妾となり生活を支えられていました。しかし、猿若町で歌舞伎役者の嵐璃鶴と恋に落ちたことで、キヌは自由を求めるようになります。関係の解消を拒む銀平を排除するため、キヌは薬と偽って毒を飲ませ、彼を殺害しました。愛する男と結ばれるための凶行でしたが、真実を知った璃鶴からは恐れられて距離を置かれてしまいます。最終的にキヌは獄中で璃鶴の子を出産したのちに、斬首のうえ首をさらされる「梟首(きょうしゅ)」の刑に処されました。一人の殺人犯がいかにして「明治の毒婦」として伝説化されていったのか、その事件の真実と悲劇的な結末を詳しく解説します。