夜嵐お絹事件
愛した歌舞伎役者と結ばれるため、生活を支えた男を毒殺した原田キヌ
明治5年2月20日 1872年
東京・小塚原
■事件概要
明治五年二月二十日。
現在の暦に直せば、一八七二年三月二十八日。
東京・小塚原。
まだ江戸時代の刑罰の影が色濃く残る刑場へ、一人の女が連れてこられた。
本名。
原田キヌ。
公式の捨札では二十九歳。
現在の満年齢では二十八歳前後とみられる。
罪。
主人殺し。
より正確には、自分の生活を長く支えてきた男 大林銀平 金貸しの男を、毒物を用いて殺害した罪だった。
さらにキヌには、銀平の妾という立場でありながら、歌舞伎役者の嵐璃鶴と密通したことも罪状として記された。
嵐璃鶴。
本名・岡田菊三郎。
のちの二代目市川権十郎。
若い歌舞伎役者。
キヌが愛した男。
そして銀平殺害の動機の中心にいた人物だった。
事件は単純な金銭目的の毒殺ではない。
キヌは銀平の金で生活していた。
衣服。
住居。
装身具。
食事。
金銭的には、幼いころの貧困とは比べものにならない暮らしだった。
しかしその一方、
「自分はこの男に買われている」
「自分の身体も人生も、この男のものなのか」
という不満を募らせていたと資料は説明する。
そんなキヌが猿若町の芝居の世界で出会ったのが璃鶴だった。
最初は役者遊び。
銀平からもらった金で若い男と遊ぶ。
その程度だったのかもしれない。
だが、感情は変わった。
「この人と本当に一緒になりたい」
キヌはそう願うようになる。
問題は銀平だった。
キヌは、
「暇をください」
と繰り返した。
つまり妾関係を終わらせ、自分を自由にしてほしいと頼んだ。
しかし銀平は認めなかった。
璃鶴との関係が知られたときには激しく怒り、キヌを責めた。
後世の記事では、キセルで打ち据えたとも伝えられる。
キヌは一度、
「もうしません」
「今度だけは許してください」
と謝った。
髪を切り、改心を示したともいう。
だが心は璃鶴から離れない。
銀平がいる。
璃鶴と一緒になれない。
ならばどうする。
最初は縁切りの迷信まで試したとされる。
当然、何も変わらない。
やがてキヌの思考は、
「別れたい」
から、
「いなくなればいい」
へ変わる。
そして、
「殺す」
へ進んだ。
最初の毒殺は失敗した。
銀平が味の異常に気づき、ほとんど食べなかったためとされる。
ここでやめることもできた。
銀平から逃げる。
璃鶴と別れる。
別の土地へ行く。
どこかで人生をやり直す。
しかしキヌは止まらなかった。
明治四年一月。
銀平が病に伏した。
弱った相手へ、キヌは再び毒を与えたとされた。
一月十二日。
「お薬ですよ」
医師からもらった薬であるかのように偽り、銀平へ飲ませる。
その夜。
銀平は激しく苦しみ、死亡した。
最初は病死として葬られた。
殺人は成功したように見えた。
そしてキヌは、愛する璃鶴のもとへ向かう。
後世の記事では、キヌは璃鶴へ、
「恩ある旦那に一服飲ませて片づけたのは、誰のためだと思っているの」
という趣旨で告白したと伝えられる。
「邪魔者はもういない」
「これで一緒になれる」
キヌにとっては、愛の証明だったのかもしれない。
しかし璃鶴にとっては違った。
殺人の告白。
自分との関係を理由に、一人の男が殺された。
璃鶴は恐怖した。
「すぐ一緒になれば疑われる」
「世間に知られれば、あなたは主人殺し、俺まで同罪と思われる」
距離を取ろうとした。
キヌの計算は崩れた。
銀平を殺せば璃鶴と結ばれる。
その未来は、銀平が死んだ瞬間から壊れ始めた。
さらにキヌは銀平の財産関係にも手を伸ばしたとされる。
証文を書き換え、自分が金を得られるよう工作しようとした。
毒殺。
病死偽装。
財産関係の工作。
秘密が増える。
噂も増える。
「あの死はおかしい」
「キヌには役者の男がいる」
「銀平が死ぬ前の様子が変だった」
ついに捜査が始まる。
明治四年七月ごろ。
キヌは取り調べを受けた。
最初は否認。
だが追及され、やがて銀平毒殺を認めた。
璃鶴も取り調べを受ける。
ただし、裁判上、璃鶴が毒殺を共謀したとは認定されていない。
璃鶴の責任は、銀平の妾であるキヌと関係を持ったこと、そして毒殺の告白を聞いた後も通報しなかったことなどだった。
璃鶴。
徒刑二年半。
原田キヌ。
梟首。
斬首したうえで首をさらす。
現代では考えられない刑罰。
さらにキヌは捕縛時、璃鶴の子を身ごもっていたとされる。
そのため処刑は延期。
獄中で出産。
そして明治五年二月二十日。
小塚原。
処刑。
死後。
原田キヌという実在の殺人犯は、
「夜嵐お絹」
という伝説の毒婦へ変わっていく。
絶世の美女。
妖婦。
男を狂わせる女。
毒婦。
だが、その人物像のすべてが史実だったわけではない。
確かな中心は、もっと単純である。
原田キヌという女がいた。
嵐璃鶴を愛した。
大林銀平が二人の間にいると考えた。
毒を用いて銀平を殺した。
罪が発覚した。
そして処刑された。
その後、
「夜嵐の さめて跡なし 花の夢」
という辞世とともに、一人の殺人犯は「明治の毒婦」という伝説になったのである。
■いつ・どこで起きたか
事件の中心となる毒殺は、明治四年 一八七一年一月。
当時の東京。
江戸が「東京」という新しい都市名へ変わってから、まだ数年しか経っていなかった。
幕府が崩壊。
武士社会も崩壊。
政治制度は新しくなる。
しかし人々の生活、男女関係、刑罰、社会意識には江戸時代がそのまま残っている。
その境目に、原田キヌは生きた。
キヌが大林銀平から住居を与えられていたのは、猿若町周辺とされる。
猿若町。
芝居小屋。
役者。
芸人。
客。
夜の人通り。
華やかな舞台。
そこは、キヌが嵐璃鶴と接触するには極めて自然な場所だった。
銀平毒殺後。
捜査。
取り調べ。
裁判。
そして翌明治五年。
処刑場所は小塚原。
江戸時代から刑場として知られた場所である。
刑は梟首。
斬首。
さらに首をさらす。
つまり事件の舞台は、
猿若町の芝居の世界。
銀平との生活の場。
取り調べと牢。
小塚原刑場。
という、明治初期の東京の異なる顔を横断している。
■登場人物
【原田キヌ】
本事件の犯人。
後世「夜嵐お絹」と呼ばれる女性。
父は原田大助。
幼いころから家庭は安定せず、十代半ばごろ父母を相次いで失い、生活に困窮。
叔父を頼ることになった。
やがて金貸しで元御家人とも伝えられる大林銀平の妾となる。
生活面では銀平から援助を受けた。
その後、猿若町の芝居の世界で歌舞伎役者・嵐璃鶴と知り合い、関係を深める。
銀平との関係を終わらせるよう求めるが認められず、最終的に銀平の毒殺へ進んだ。
逮捕後、主人殺しなどの罪で梟首判決。
捕縛時には璃鶴の子を妊娠していたとされ、獄中出産後、明治五年二月二十日に処刑された。
【嵐璃鶴】
歌舞伎役者。
本名・岡田菊三郎。
後の二代目市川権十郎。
一八四八年生まれ。
京都で幼少期から舞台へ立ち、その後江戸へ進出。
背が高く容姿に恵まれた若手役者だったとされる。
キヌと関係を持つ。
ただし銀平毒殺そのものを共謀したとは、確認される判決では認定されていない。
キヌが毒殺を告白した後も通報しなかったことなどから徒刑二年半。
刑期後は歌舞伎界へ復帰。
市川権十郎として活動し、明治三十七年まで生きた。
【大林銀平】
本事件の被害者。
実在の被害者は小林金平。
元御家人ともされ、金貸しをしていたと伝えられる。
両親を失った若いキヌを経済的に支え、妾として生活させた。
キヌへ衣服、住居、生活費などを与えていた。
その一方、キヌが璃鶴との関係を持った後も妾関係を解消することを認めなかった。
明治四年一月、病に伏したのち、キヌから毒物を与えられて死亡したと裁判で認定された。
当初は病死として葬られた。
【原田大助】
キヌの父。
旧幕府時代に武家へ仕えていた人物とされる。
仕官先を失うなどして生活が不安定となり、キヌが十代のころには原田家は困窮していた。
その後、キヌの母と相次いで亡くなった。
■事件発覚
銀平が死亡した直後。
事件は殺人として発覚しなかった。
表面上は病死。
親類へ連絡。
寺へ知らせる。
葬儀。
遺体を見た者の中には、
「何かおかしい」
と感じた者もいたとされる。
「この色はどうしたんだ」
キヌは平然と答える。
「熱がひどかったからでしょう」
それ以上、追及されない。
銀平は葬られる。
キヌは一度、
「成功した」
と思ったかもしれない。
だが人間関係には痕跡が残る。
璃鶴との関係。
銀平が怒っていたこと。
キヌが別れたがっていたこと。
銀平の急死。
さらに金銭関係の工作。
近所で噂。
「あの死は変だ」
「役者の男がいる」
「殺されたんじゃないか」
そして捜査機関が動く。
明治四年七月ごろ。
キヌは取り調べを受けた。
最初は否認。
追及。
証拠。
供述。
そして毒殺を認める。
半年ほど「病死」として埋もれていた一人の死が、
殺人事件
へ変わった。
・犯人の生い立ち
・事件の前兆
・当日の詳細
・逮捕
・裁判
・判決
・まとめ