新宿の美人女中惨殺事件
福田忠雄、一時間進められた柱時計と「顔を知られていた」ために奪われた命

昭和25年、1950年5月25日。
東京都新宿区内

■事件概要

昭和25年、1950年5月25日。

終戦から、まだ五年しか経っていなかった。

焼け跡の面影を残していた東京では、人々が必死になって生活を立て直していた。新しい建物が少しずつ増え、商売も動き始めていたが、戦争によって一度崩れた暮らしが完全に元へ戻ったわけではなかった。

金は、今以上に重かった。

とりわけ商売をする者にとって、手元の現金は単なる財産ではなかった。仕入れをし、取引を続け、人を雇い、次の仕事へつなげるための命綱だった。

そんな時代の東京・新宿で、若い女性が殺害された。

被害者は、中村家で働いていた22歳の女性である。

本稿では、彼女を「海野理香さん」と呼ぶ。

理香さんは中村家の「女中兼事務」とされていた。

炊事や掃除をするだけの住み込み使用人ではない。家の仕事を担いながら、中村家が営む仕事にも関係する事務を手伝っていたとみられる。

中村夫婦は、彼女を単なる雇い人として扱っていなかった。

家族に近い存在だった。

まだ22歳。

人生はこれからだった。

その彼女が、主人夫婦の留守を守っていた夜、何者かに刃物で繰り返し襲われた。

資料に記録された傷は、三十二カ所に及んだ。

一度、二度ではない。

犯人は一度攻撃して立ち去ったのではない。

若い女性が倒れてもなお、身体には多数の傷が残された。

そして、中村家からは現金約100万円と、額面合計約250万円の小切手三枚が消えていた。

当時としては、途方もない金額である。

殺害と同時に多額の金品が奪われている。

警察は、単なる殺人ではなく強盗殺人事件として捜査を始めた。

だがこの事件には、奇妙な点があった。

犯人は、なぜ理香さんをこれほど執拗に襲ったのか。

そして、どうして家の中にある大金の存在を知っていたのか。

さらに、後に重要容疑者として浮かんだ男には、事件当夜「自宅にいた」ことを証明する複数の証人まで存在していた。

その男こそ、福田忠雄だった。

福田は、中村氏と以前から商売上の付き合いがあった。

事件直前には、中村氏へ多額の借金を申し込んでいた。

しかし断られている。

その翌日、中村家で理香さんが殺され、大金が消えた。

それでも福田にはアリバイがあった。

家族も職人も言った。

「福田さんは、午後十時ごろまで家にいました」

職人の一人は柱時計を見ていた。

時計は確かに「十時」を示していたという。

ところが、その時計は正しい時間を示していなかった。

福田は、事件の前に柱時計を一時間進めていたのである。

証人は嘘をついていなかった。

時計が嘘をついていた。

この一時間こそが、福田が八王子の自宅から新宿へ向かい、犯行を行うために作り出した「空白の時間」だった。

■いつ・どこで起きたか

事件が起きたのは、昭和25年、1950年5月25日。

場所は東京都新宿区内の中村家だった。

事件発覚は午後11時30分ごろとされる。

この日、中村夫人は子供を連れて外出していた。

主人の中村氏も商用で家を空けていた。

つまり、夜の中村家を守っていた大人は、事実上、理香さん一人だった。

犯人にとっては、人の少ない夜だった。

それが偶然だったのか。

後の供述からみれば、そうではなかった。

福田は、中村家の事情をある程度知っていた。

中村氏がどんな商売をしているのか。

家へ出入りする人間。

金があること。

そして、自分が中村家へ顔を見せても、ただちに不審者として扱われないこと。

福田は通りすがりの強盗ではなかった。

玄関先で見つかった瞬間に悲鳴を上げられるような男ではなかった。

理香さんからすれば、主人の知人であり、商売上の関係者だった。

そこが、この事件の残酷なところだった。

理香さんは、自ら犯罪者を家へ招き入れたわけではない。

いつもの関係の延長として、顔見知りの男に応対しただけだった可能性が高い。

しかし、その男はその夜、最初から穏やかな用件でやって来たわけではなかった。

■登場人物

■福田忠雄

本事件の犯人。
以前、八王子方面で織物関係の仕事に携わっていた。中村氏とは商取引を通じて付き合いがあった。
戦後、商売で大きな損失を出し、資金繰りに窮するようになった。
その後は土建関係でも一定の力を持つ人物になり、資料によれば、防犯協会会長を務めた経験さえあった。
事件直前、中村氏に100万円ほどの借金を申し込み、拒絶された。
その恨みと金銭欲から中村氏の殺害と金品強奪を計画。
事件当日、柱時計を一時間進め、職人たちに誤った時刻を記憶させるアリバイ工作を行った。

■海野理香さん

22歳。
中村家で「女中兼事務」として働いていた若い女性。
中村夫婦から娘同然に可愛がられていた。
事件当夜、主人夫婦が不在だった中村家で留守を守っていた。
福田とは金銭上の争いもなく、恨まれる理由もなかった。
福田の顔を知っていたため、犯行後に警察へ名前を告げられることを恐れた福田に殺害されたとされる。
身体には三十二カ所に及ぶ傷が残されていた。

■中村氏

理香さんの雇い主。
織物関係の仕事で福田忠雄と以前から取引があった。
福田との取引で金銭的な損害を受けていたともされ、事件直前に福田から100万円ほどの借金を申し込まれたが、無担保では貸せないとして拒否した。
事件当夜、商用から午後11時30分ごろ帰宅し、理香さんの遺体を発見することになる。
捜査の早い段階で「犯人は福田ではないか」と疑いを口にした。

■中村夫人

中村氏の妻。
理香さんを可愛がっていた。
事件当日は子供を連れて家を離れていた。

■鶴島課長

事件捜査を指揮した警察側の人物。
理香さんの殺され方、大金の所在を犯人が知っていたことなどから、犯人は中村家と関係のある顔見知りではないかと推理した。
自白が得られた後も物証が乏しく、一時は不起訴もやむを得ないという空気が出る中で捜査を継続。
福田宅から中村宅までの移動経路を自らたどり、アリバイの中心だった柱時計の時刻に疑問を抱いた。

■福田宅にいた職人たち

事件当夜、福田宅の茶の間で酒を飲んでいた。
柱時計を見て「午後十時ごろまで福田は家にいた」と証言した。
彼ら自身が積極的に嘘をついたわけではない。
福田によって一時間進められた時計を正しい時刻だと思い込まされ、結果として偽のアリバイを証言することになった。

■福田の古い知人

福田が若いころ働いていた時代から付き合いがあり、親戚同然の関係だったとされる年長者。
福田が逮捕される前、福田から「血まみれの若い女の夢を見る」といった不穏な話を聞いたとされる。

■事件発覚

午後11時30分ごろ。

中村氏が家へ戻った。

いつもの夜なら、玄関の気配を聞いた理香さんが出てきてもおかしくなかった。

「お帰りなさい」

家に住み込み、家事と事務を手伝う彼女にとって、それは特別な言葉ではなかっただろう。

しかし、その夜は違った。

家が妙に静かだった。

中村氏は呼びかけた。

【再現】
「理香さん?」

返事はない。

「帰ったよ。いるのか?」

それでも声が返ってこない。

中村氏が家の中へ入る。

室内には異変があった。

荒らされた形跡。

そして、鼻につく異様な臭い。

やがて中村氏は、理香さんを発見した。

彼女はすでに死亡していた。

全身に多数の傷。

その数は三十二カ所に及んだと記録されている。

若い女性の身体に残された大量の傷を前にすれば、それが単純な窃盗の途中で偶発的に起きた一撃ではないことは明らかだった。

犯人は刃物を持っていた。

そして一度ではなく、何度も攻撃した。

理香さんが抵抗したのか。

逃げようとしたのか。

助けを求める声を上げたのか。

資料は、その瞬間のすべてを伝えてはいない。

分かっているのは、22歳の女性がそこで命を奪われ、その身体に三十二カ所の傷が残されたという結果である。

さらに家を調べると、大金がなくなっていた。

現金約100万円。

額面合計約250万円の小切手三枚。

警察が強盗殺人と判断するのに時間はかからなかった。

だが、捜査員は現場を見ながら、もう一つの疑問を抱いた。

「犯人は、なぜここに大金があることを知っていたのか」

普通の泥棒なら、家に入ってから金を探す。

ところが、この事件では相当額の金品が狙われている。

家の事情を知っていた人間ではないか。

さらに、理香さんの殺され方が激しすぎる。

金だけが目的なら、なぜここまで傷つける必要がある。

捜査を指揮した鶴島課長は、一つの仮説へ近づいていった。

犯人は、中村家へ自然に出入りできる者。

理香さんも顔を知っていた者。

そして、本当の標的は理香さんではなく、中村氏だったのではないか。

■犯人の生い立ち

福田忠雄の幼少期、出生地、両親、家庭環境、学校生活などについて、今回の資料には詳しい記述がない。

したがって、幼年時代を物語風に創作することはできない。

資料から追えるのは、主として成人後の商売上の経歴である。

福田は、以前、八王子方面で織物関係の仕事をしていた。

戦前から戦後にかけ、織物や衣料に関係する商いは社会の変化に大きく左右された。

福田もまた、その波の中で生きていた一人だった。

中村氏とは、織物関係の商取引を通じて知り合った。

つまり二人の関係は、犯行の数日前に突然始まったものではない。

長い商売上の付き合いがあった。

互いに素性を知っている。

互いの仕事も知っている。

福田は中村家へ出入りできる。

中村家の人間も、福田の顔を知っている。

後に事件の鍵となる「顔見知り」という条件は、この時点ですでに作られていた。

ところが戦後の混乱の中、福田は商売で大きな損失を出した。

資金繰りが悪化する。

商売を続けるためには金が必要になる。

しかし、損失を一度出した者が新たな資金を調達することは容易ではない。

借りた金を返さなければならない。

次の支払いも迫る。

金が足りない。

福田がどの時点から追い詰められた気持ちを持つようになったのかは、資料だけでは断定できない。

ただし、事件直前の行動をみれば、まとまった現金を何としてでも必要としていたことは明らかである。

皮肉なのは、福田が社会的に完全に孤立した人物ではなかったことである。

資料によれば、福田はその後、土建関係でも一定の影響力を持つようになり、防犯協会の会長を務めた経験まであったという。

防犯協会。

犯罪を防ぐ側である。

地域の安全を守る。

警察活動に協力する。

住民へ防犯を呼びかける。

そうした看板を背負った経験を持つ男が、裏では借金に追われ、自分を知る若い女性を殺し、さらに時計を操作してアリバイを作る計画まで立てていた。

人は肩書だけでは分からない。

社会的な信用と、個人の内側で進んでいる破綻は、必ずしも同じ姿をしていない。

福田は、外から見れば「地元で顔の利く人間」だった可能性がある。

しかし金の問題は別だった。

かつて取引していた中村氏との間にも損失があり、関係は以前ほど良好ではなくなっていた。

福田はしばらく中村家へ寄りつかなかったという。

それが、事件直前になって突然変わる。

五月20日ごろから、福田はまた中村氏のもとへ頻繁に現れるようになった。

目的は一つだった。

金である。

・事件の前兆

・当日の詳細

・逮捕

・裁判

・判決

・まとめ