大岡山三人殺し・千住醤油屋三人殺し
六人を殺した五味銕雄と田中藤太、そして「犯人」にされた田宮頼太郎

大正14年、1925年9月4日
東京府荏原郡碑衾村大岡山 東京都目黒区大岡山周辺

■事件概要

大正14年、1925年9月。

東京府荏原郡碑衾村大岡山。

現在の東京都目黒区大岡山周辺である。

まだ関東大震災から二年しかたっていなかった。

東京は復興の途上にあった。

新しい建物が増え、映画や舞台といった新しい大衆文化も広がっていた。

そんな時代。

大岡山の静かな住宅から、三人の遺体が発見された。

その家の主人は、かつて舞台と映画で人気を集めた女優だった。

本稿では大川詩子とする。

資料上の実名は中山歌子。

しかし事件当時、詩子は肺結核の療養のため家を離れていた。

留守宅にいたのは三人。

詩子の義妹にあたり、一時は映画にも出演していた大川久美。

25歳。

久美と結婚したばかりの黒川修二。

23歳。

そして詩子の養女、大川さえ。

9歳。

まだ小学生ほどの少女だった。

三人は二階の蚊帳の中で死亡していた。

一見すると眠っているようだった。

部屋が激しく荒らされた跡はない。

血が一面に広がるような現場でもない。

最初、警察も新聞も「毒死」や「心中」を疑った。

当時の新聞は、

「俳優三名毒死」

という趣旨の見出しを出した。

しかし解剖が進む。

首の周辺を調べる。

そして結論が変わった。

三人は自殺ではなかった。

殺されていた。

死因は絞殺。

さらに家から預金通帳が消えていた。

事件翌朝、その通帳を使って銀行から520円が引き出されていた。

自殺ではない。

強盗殺人だった。

警察は犯人を追った。

銀行には怪しい男が現れていた。

四十歳前後。

みすぼらしい洋服。

カンカン帽。

右目に眼帯、あるいは包帯。

男は通帳を使い、金を引き出している。

「この男を探せ」

捜査が始まった。

だが犯人は見つからなかった。

一年。

事件は迷宮へ入りつつあった。

そこで突然、一人の男が浮かぶ。

田宮頼太郎。

24歳。

田宮は別件で警察へ出入りする中、捜査側から疑われた。

友人宅に泊まった夜。

寝言で、

「悪かった」

「申し訳ない」

「許してくれ」

と叫んだという。

警察は、

「この男には何かある」

と考えた。

取り調べ。

追及。

そして田宮は、

「大岡山の家へ強盗目的で入った」

という趣旨の自白をした。

一年間解決できなかった三人殺し。

その犯人が自白した。

新聞は大きく報じた。

だが問題があった。

証拠がない。

盗品。

凶器。

指紋。

共犯者。

決定的な物証が何一つ見つからなかった。

それでも田宮は起訴された。

市ヶ谷刑務所へ収容。

しかし正式な公判に進む前、腎臓結核を患う。

急速に衰弱。

昭和3年、1928年1月27日。

田宮頼太郎は獄中で死亡した。

事件は終わったかに見えた。

「犯人」は死んだ。

だが、その七か月後。

東京の千住で、再び三人が殺される。

醤油商。

本稿では川畑丸次郎。

50歳。

妻、川畑たけ。

43歳。

雇人の少年、橋本良二郎。

16歳。

二階と一階の押し入れ。

そして川から引き上げられた行李。

三人の遺体。

千住醤油屋三人殺し。

この事件から、一人の男が浮かんだ。

五味銕雄。

37歳。

自動車運転手。

さらに共犯者として田中藤太。

40歳。

二人を追及した警察は、驚くべき事実に突き当たる。

五味と田中は、千住の三人だけではない。

三年前の大岡山三人殺しにも関与していた。

そして大岡山から奪われたとみられる指輪や時計まで、二人の周辺から出てきた。

田宮頼太郎にはなかった物的証拠。

それが今度は出た。

すでに「犯人」として起訴され、裁判を受けることすらできず獄死した田宮。

その後で現れた二人の真犯人。

六人殺害。

二つの三人殺し。

そして一人の誤認起訴。

この事件は、単なる連続強盗殺人事件ではない。

「自白はどこまで信用できるのか」

「警察が一度犯人と決めた人間を、証拠がなくても犯人として見続ける危険はないのか」

という問題まで残した。

■いつ・どこで起きたか

【第一の事件――大岡山三人殺し】

大正14年、1925年9月4日夜から5日にかけて。

東京府荏原郡碑衾村大岡山。

現在の東京都目黒区大岡山周辺。

元女優・大川詩子の家。

事件当時、詩子は肺結核療養のため鎌倉方面に滞在していた。

家にいたのは、

大川久美。

黒川修二。

大川さえ。

三人。

9月4日夕方、近所の住民は三人が外出する姿を見ている。

特に変わった様子はなかった。

しかし翌5日。

朝になっても家から誰も出てこない。

昼。

夕方。

雨戸は閉まったまま。

ついに近隣住民が家の中へ入る。

二階。

蚊帳。

その中で三人が死亡していた。

【第二の事件――千住醤油屋三人殺し】

昭和3年、1928年8月。

東京府南足立郡千住町。

味噌・醤油小売業を営む川畑丸次郎の店と住居。

8月19日ごろから事件が進行し、21日深夜に親族が家を調べたことで遺体が発見される。

妻たけ。

雇人の16歳、橋本良二郎。

二人の遺体が押し入れから見つかる。

一方、主人丸次郎は行方不明。

ところが荒川放水路では、行李に詰められた男性遺体が発見される。

司法解剖。

遺族確認。

最初の身元認識には混乱があった。

最終的に、川で見つかった遺体が丸次郎。

押し入れの男性遺体が良二郎だったと判明する。

三人全員が殺されていた。

■登場人物

■五味銕雄

本事件の主犯格。

37歳。

東京・浅草方面で生まれた。

幼いころ母を失い、貧困の中で育った。

学校を出た後、市電の運転手となり、その後は乗合自動車会社などでも働いた。

職を転々とし、労働争議にも加わり、解雇された。

失職。

借金。

酒。

荒れた生活。

五味は後年、自分には社会への反逆心があったという趣旨の手記を残した。

しかし最終的には、金を得るための殺人を繰り返す人物となった。

大岡山事件で三人。

千住事件で三人。

計六人。

公判では、

「多くの人間を殺した責任を感じないのか」

と問われ、

「感じませんね」

と答えたとされる。

さらに、

「人殺しは私の終生の仕事で、私は人を殺すために生まれてきた」

という趣旨の異様な発言をした。

昭和6年4月20日、東京地方裁判所で死刑。

控訴せず確定。

昭和8年3月7日、死刑執行。

■田中藤太

40歳。

五味と同じく自動車運転手。

事件当時は失職していた。

五味とともに大岡山事件、千住事件へ関与。

殺害時には被害者を押さえ、口を塞ぐなどして五味の絞殺を助けたと認定された。

公判では一部の事実関係を争った。

東京地方裁判所で死刑。

控訴。

東京控訴院でも死刑。

さらに大審院へ上告するが棄却。

死刑確定。

五味と同じ1933年3月7日に死刑執行。

■田宮頼太郎

24歳。

金貸し業の手代。

大岡山三人殺しの真犯人ではない可能性が極めて高いにもかかわらず、一度は犯人として自白し、強盗殺人罪で起訴された人物。

友人宅で、

「悪かった」

「許してくれ」

などと寝言を言ったことや、警察で不自然な態度を見せたことから疑われる。

激しい取り調べの中で大岡山事件を自白。

しかし盗品や凶器、指紋などの決定的物証はなかった。

公判前に腎臓結核を患い、市ヶ谷刑務所で死亡。

後に五味銕雄と田中藤太が大岡山事件で有罪となったため、田宮事件は捜査史上の重大な誤認起訴問題として残った。

■大川詩子

かつて舞台や映画で活躍した女優。

帝国劇場歌劇部で学び、日活などでも活躍。

肺結核を患い、事件当時は鎌倉方面で療養中だった。

そのため大岡山の家にはいなかった。

義妹、義弟、養女の三人を一度に失う。

事件後、

「自分一人が残ったことを幸福とは思わない」

という趣旨の悲痛な言葉を残した。

真犯人逮捕を見ることなく、昭和3年4月に病死。

34歳。

■大川久美

25歳。

詩子の義妹。

一時は姉と同様、映画にも出演していた。

黒川修二と結婚したばかりだった。

1925年9月、大岡山宅で絞殺された。

■黒川修二

23歳。

久美の夫。

初期報道では俳優とされたが、後年の資料では広告会社で図案関係の仕事をしていた人物とされる。

大岡山事件で絞殺された。

五味銕雄の妻は修二の実姉であり、五味から見れば修二は義弟だった。

■大川さえ

9歳。

大川詩子の養女。

まだ小学生ほどの年齢だった。

大岡山事件で、成人二人とともに殺害された。

■川畑丸次郎

50歳。

千住で味噌・醤油小売業を営んでいた。

五味銕雄と金銭関係があり、五味へ金を貸していた。

五味から、

「借金を返す」

と呼び出され、田中宅で絞殺された。

遺体は行李へ詰められ、川へ投棄された。

■川畑たけ

43歳。

丸次郎の妻。

夫を殺した五味と田中がその後店へ来たことで巻き込まれ、殺害された。

■橋本良二郎

16歳。

川畑家で働く雇人。

事件とは無関係の少年だったが、主人夫婦とともに殺害された。

事件発覚直後には、本人が行方不明だったことから、

「この少年が犯人ではないか」

と疑われたことさえあった。

しかし実際には、押し入れから発見された男性遺体が良二郎本人だった。

■事件発覚

【大岡山】

9月5日。

朝になっても誰も出てこない。

昼になっても静かなまま。

夕方。

近所の住民が不審に思う。

「おかしいな」

「昨日から誰も見ていない」

「詩子さんは療養中だろう」

「でも妹さんたちはいるはずだ」

雨戸を叩く。

「ごめんください」

返事なし。

雨戸を開ける。

一階。

誰もいない。

階段。

二階。

蚊帳。

その中に三人。

最初は眠っているように見えた。

呼びかける。

反応なし。

すでに死んでいた。

【千住】

8月21日深夜。

店主一家が姿を見せないことを不審に思った親族が家を調べる。

押し入れから遺体。

さらに別の押し入れにも遺体。

一方、雇人の16歳少年がいない。

そのため最初は、

「少年が主人夫婦を殺して逃げたのではないか」

という疑いまで出た。

しかし荒川放水路から行李入りの男性遺体が発見される。

身元確認。

解剖。

結果、最初に押し入れから発見された男性が少年。

川の行李が主人。

犯人と疑われた少年自身が、すでに殺されていた。

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