Kindleで出版しました 小栗重吉 484日の漂流: 督乗丸漂流事件と現代科学が解く生存の条件
海の上では、金より水一杯のほうが重い。 1813年。 尾張の船乗り・重吉は、1200石積みの大型廻船・督乗丸の船頭として江戸を出ました。 本来なら、いつものように尾張へ戻る航海でした。 しかし遠州灘で暴風に遭います。 舵を失う。 帆柱を失う。 そして船は、日本から離れる方向へ押し流されていきました。 そこから始まった漂流は、484日に及びます。 乗組員は14人。 救助された時、生きていたのは3人だけでした。 一見すれば、 「食料がなくなったから死んだ」 と考えたくなります。 ところが、督乗丸には大量の大豆が積まれていました。 米もありました。 海水を蒸留して真水を作る道具もありました。 それでも身体は壊れていきます。 一方、日本のはるか南にある鳥島では、別の漂流者たちが長期間生き続けていました。 そこには田畑もありません。 店もありません。 普通の家もありません。 しかし大量の海鳥、魚、海亀、貝類などがありました。 漂流者たちは鳥の肉を食べ、羽や皮を衣服にし、流木や難破船の残骸を利用し、最後には自分たちで船まで造ります。 では、督乗丸と鳥島では何が違ったのでしょうか。 水。 栄養。 ビタミン。 食料の多様性。 魚。 海藻。 衛生。 道具。 そして、極限状態で判断を続ける人間の精神。 本書では、江戸時代の二つの漂流を比較しながら、生存を分けた条件を考えます。 もし重吉たちに、 「端舟を捨てるな」 「雨水を一滴も無駄にするな」 「大豆を全部煎らず、一部を発芽させろ」 「魚を継続して狙え」 という現代の知識を伝えることができたなら。 11人という死者の数は変わったのでしょうか。 もちろん、歴史をやり直すことはできません。 それでも、484日という極限状態を生きた人々の記録から、 「人間が生き残るため、本当に必要なものは何なのか」 を考えることはできます。 本書は、単なる漂流冒険譚ではなく、江戸時代の実録と現代科学を重ねて「生存の条件」を考える一冊です。
