大正9年 六反池おりゑ殺し
首を失った三十三歳の女性と、十九日後に崩れた佐藤忠助の隠蔽工作
大正9年 1920年12月6日
大阪市城東区野江周辺
■事件概要
大正九年 一九二〇年十二月六日。
大阪。
現在の大阪市城東区野江周辺。
まだ市街地化が現在ほど進んでおらず、田畑や空き地、池が残っていた時代。
その一角に、
六反池。
と呼ばれる池があった。
十二月六日。
水辺で異様なものが見つかる。
最初はごみか。
動物の死骸か。
あるいは誰かが捨てた荷物か。
だが近づいた人間は、すぐに足を止めた。
人間だった。
女性。
だが、その身体には、
首がない。
さらに手足も切断されている。
「人や……」
「警察を呼べ!」
周囲へ人が集まる。
警察官が来る。
現場を封鎖。
池から引き上げられた遺体。
腐敗。
切断。
身元を示す顔がない。
大正時代の大阪で、
「首のない女性の死体」
という言葉は、それだけで人々を震え上がらせた。
翌日の新聞。
「首無女の死体」
「四肢悉く切断」
「大阪の怪犯罪」
記事は大阪だけではなく東京へも流れる。
六反池。
首なし女。
切断死体。
事件はたちまち全国的なニュースになった。
だが、警察にとって最初の問題は猟奇性ではない。
この女性は誰なのか。
顔がない。
現在のようなDNA型鑑定はない。
携帯電話もない。
監視カメラもない。
警察は、
「最近、突然いなくなった女性」
を一人ずつ探す。
十一月中旬から姿を消した者。
年齢。
体格。
衣類。
人間関係。
そして浮かび上がった一人の女性。
三十三歳。
森本美枝。
墓碑には、
「行年三十三歳」
「大正九年十一月十七日没」
と刻まれていることが後年確認されている。
つまり美枝は、
遺体発見の十九日前。
十一月十七日に死亡していた。
そして彼女と親密な関係を持っていた男。
佐藤忠助。
四十四歳。
男女関係。
嫉妬。
金銭。
土地。
二人の間には複数の問題が絡んでいた。
十一月十七日。
口論。
怒り。
佐藤は美枝の首へ手をかける。
絞める。
美枝は抵抗する。
「やめて……」
だが佐藤は止めない。
やがて動かなくなる。
殺人。
ここまでは、激情の中で起きた可能性が高い。
しかしこの事件を犯罪史に残すことになるのは、その後だった。
佐藤は、
「捕まりたくない」
と考える。
死体をどうする。
顔があれば身元が分かる。
身元が分かれば自分との関係も知られる。
ならば、
顔を消す。
首を切断。
さらに遺体を分ける。
首だけは別の場所へ。
大阪市内の土佐堀川に架かっていた栴檀木橋付近から投棄したとされる。
残る胴体、手足。
菰などで包む。
重し。
六反池。
水中へ。
沈める。
これで見つからない。
そう思った。
だが十九日後。
遺体は池から現れる。
顔を消しても、
森本美枝という女性が十一月十七日から突然消えた事実
までは消せない。
警察は失踪者をたどる。
美枝。
そして佐藤。
二人の関係。
最後に会った日。
土地。
金。
嫉妬。
説明の矛盾。
追及。
やがて佐藤は自白。
「私がやりました」
殺害。
切断。
首の遺棄。
六反池。
すべてが一本につながった。
裁判。
一九二一年六月二十九日。
大阪地方裁判所。
佐藤忠助。
死刑。
控訴。
棄却。
大審院へ上告。
一九二二年一月三十日。
上告棄却。
死刑確定。
同年六月四日。
死刑執行。
事件は法律上終わった。
だが、
「六反池のおりえ殺し」
という言葉だけは大阪に残った。
上方落語の中にまで登場した。
池の近くでは、
「昔ここで首のない女が見つかった」
と語られた。
一人の女性の殺害が、
地域の記憶
へ変わっていった事件だった。
■いつ・どこで起きたか
事件発覚。
大正九年十二月六日。
六反池。
大阪市城東区野江周辺。
当時は現在のように建物が密集していなかった。
大阪市そのものは急速に工業都市へ変化。
第一次世界大戦後。
工場。
鉄道。
人口。
住宅地。
都市が外へ広がっていく。
しかしその周辺にはまだ、
田。
畑。
湿地。
池。
空き地。
が残る。
六反池もその一つ。
資料では、京阪電車の高架化工事などに伴う土の掘削によって生じた池であるという伝承も紹介されている。
人目が少ない。
夜。
水。
遺体を隠す場所として、佐藤はそこを選んだ。
一方。
殺害そのものが起きたのは十一月十七日。
佐藤と美枝の生活圏。
遺体処理も佐藤の家で行われたと後年の事件資料では整理されている。
さらに首だけは六反池へ運ばない。
土佐堀川。
栴檀木橋付近。
つまり佐藤は、
殺害場所。
首の遺棄場所。
胴体・手足の遺棄場所。
を分散した。
一か所が見つかっても、
全部がつながりにくいようにした。
現在の犯罪捜査でも、
「遺体を分散させる」
行為は身元特定や犯行場所の把握を遅らせる意図で行われることがある。
佐藤も同じ発想に至ったとみられる。
だが、
距離を離す
ことと、
被害者の人生を消す
ことは別だった。
■登場人物
【佐藤忠助】
本事件の犯人。
事件当時四十四歳。
森本美枝――実在の木全リエと親密な男女関係にあった。
二人の間には、男女関係だけでなく、
金銭。
土地。
嫉妬。
別の男性をめぐる疑念。
などが絡んでいたと資料は整理している。
一九二〇年十一月十七日、美枝と口論。
激情の中で首を絞めて殺害したとされる。
殺害後。
捕まることを恐れ、遺体の身元を分からなくするため首を切断。
さらに身体を複数に分けた。
首は土佐堀川の栴檀木橋付近から捨てたとされる。
残る遺体は六反池へ遺棄。
十二月六日、遺体発見。
捜査で美枝との関係が浮上。
追及の末、自白。
一九二一年六月二十九日、大阪地方裁判所で死刑判決。
控訴棄却。
大審院への上告も棄却。
一九二二年六月四日、死刑執行。
【森本美枝】
実在の被害者は木全リエ。
三十三歳。
墓碑にも、
「俗名 リエ」
「行年三十三歳」
「大正九年十一月十七日没」
と刻まれていることが後年確認されている。
佐藤忠助と男女関係にあった。
さらに金銭や土地をめぐる問題。
佐藤がほかの男性との関係を疑っていたという話。
複数の対立が重なる。
十一月十七日。
佐藤と口論。
絞殺。
殺害後、首と身体を切断され、複数地点へ遺棄された。
十二月六日。
六反池から首のない遺体として発見。
事件報道では、
「首なし女」
「首なし美人」
「六反池のおりえ」
などと記号化された。
しかし本来は、三十三年間を生きていた一人の女性。
【捜査官たち】
資料では、今回の事件について個々の捜査官名までは十分に整理されていない。
そのため本文では「捜査官」「警察官」などと表記する。
当時はDNA鑑定などがないため、
遺体の特徴。
衣類。
行方不明者。
近隣住民。
人間関係。
最後に会った人物。
そうした聞き込みを積み重ねて身元と犯人を特定した。
【美枝の親族・知人】
個別の氏名は資料上十分に確認できない。
だが美枝が十一月十七日以降突然姿を消したことに気づく人々がいた。
これが身元特定へつながる。
佐藤が顔を消しても、
人間関係は消えなかった。
■事件発覚
十二月六日。
六反池。
水面付近。
異様なもの。
警察。
首のない女性遺体。
この瞬間。
事件は、
「失踪」
から、
「殺人」
へ変わった。
しかし犯人を追う前に、
被害者の名前を取り戻す必要がある。
新聞はすぐ、
「首なし女」
と書いた。
警察には、
「女」
だけでは足りない。
誰。
どこに住む。
いつからいない。
何歳。
どんな服。
誰と付き合っていた。
聞き込み。
「最近、姿を見なくなった女性はいませんか」
「十一月ごろから?」
「三十歳前後」
やがて、
美枝。
三十三歳。
十一月十七日から消えている。
時期が合う。
体格。
衣類。
生活圏。
さらに人間関係。
佐藤忠助。
警察の疑問。
「最後に会ったのは誰だ」
「何か揉めていなかったか」
「金の問題は」
「土地は」
「ほかの男のことで喧嘩していなかったか」
一人の女性の死体。
そこから、その女性が生きていた社会へ逆にたどる。
事件発覚の核心は、
六反池から遺体が出たこと
だけではない。
「首がなくても、誰だったか分かった」
ことにある。
■犯人の生い立ち
佐藤忠助の幼少期。
両親。
学校。
少年時代。
若いころの職業。
そうした詳細な生育歴について、今回の資料には十分な記録がない。
そのため、
「幼少期から暴力的だった」
「貧困が犯罪の原因だった」
「若いころから女性関係に問題があった」
などと創作することはできない。
確実に分かるのは、
事件当時四十四歳。
大阪で生活。
三十三歳の美枝と親密な関係。
そして金銭・土地・男女問題が絡んでいたこと。
ここで注目すべきなのは、
佐藤が最初から遺体損壊を目的とした猟奇犯ではない
という点である。
資料上、殺害自体は、
激しい対立の中で衝動的に起きた
と整理されている。
つまり佐藤の犯罪性を理解するうえで重要なのは、
殺害前
と、
殺害後
を分けること。
殺害前。
怒り。
嫉妬。
金。
土地。
男女問題。
感情。
殺害後。
恐怖。
計算。
証拠隠滅。
身元隠し。
運搬。
遺棄。
ここで佐藤の思考が変わる。
人を殺した。
そして、
「どうすれば自分が捕まらないか」
を考え始める。
その冷静さが、
この事件を「激情殺人」だけでは終わらせなかった。
・事件の前兆
・当日の詳細
・逮捕
・裁判
・判決
・まとめ
