アプレ三人組の部長夫人殺し
昭和28年、白昼の下北沢で起きた強盗殺人

■事件概要

昭和28年、1953年7月1日。

東京・世田谷区、下北沢。

現在の下北沢といえば、古着屋、劇場、ライブハウス、飲食店が密集し、若者の街という印象が強い。しかし、昭和28年当時、駅から少し離れれば住宅が並び、昼間は比較的静かな時間が流れる地域だった。

その住宅街で、真昼間に一人の主婦が殺害された。

被害者は、川原静子。45歳。会社で部長職を務める夫を持ち、長男とともに暮らしていた。

その朝、夫と長男はいつものように仕事へ出た。

家に残ったのは静子一人だった。

午前11時前後。

複数の男たちが川原家に入り込み、静子を襲い、命を奪った。そして室内を物色し、カメラ、16ミリ映写機、腕時計、預貯金通帳、そのほか換金できそうな金品を持ち去った。

資料から確認できる範囲では、殺害方法そのものは具体的に記されていない。したがって、刃物を使ったのか、絞めたのか、殴打したのかといった方法を断定することはできない。

しかし、事件現場に残された結果は明白だった。

一人の女性が自宅の中で殺され、家の中は荒らされ、金品が消えていた。

しかも犯人は、偶然入った空き巣というより、家族の生活時間をある程度知ったうえで侵入した可能性が高かった。

「夫と息子は昼間いない」

「奥さん一人になる」

「家には金がある」

犯人側には、そうした情報が事前にあったとみられた。

後に捜査線上へ浮かび上がるのが、吉田、田村、そして渡辺英一、23歳の三人である。

吉田と田村は以前、巣鴨拘置所に収容されていた時期があり、そこで知り合った。二人は外へ出た後に「大きいのを一発やる」、つまり大きな強盗をやって一度に金を手に入れるという話をしたとされる。

吉田の頭にあった標的が、川原家だった。

そして出所後、二人に渡辺英一が加わる。

三人は6月末に何度も集まり、7月1日午前10時ごろ、川原家を襲う計画を固めた。

その計画は実行された。

静子は殺され、三人は金品を奪い、現場を離れた。

だが、完全犯罪にはならなかった。

盗まれた腕時計。

売却されたカメラ。

事件前には極端な金欠状態だった吉田が、事件後に突然金を持ち始めたという証言。

三人の事前の接触。

拘置所時代からの関係。

それらが一つずつつながり、捜査は三人へ向かっていった。

当時、この事件は「アプレ三人組の部長夫人殺し」などと呼ばれた。

「アプレ」とは戦後の風俗を語る際に使われた言葉で、従来の道徳や秩序にとらわれず、刹那的、享楽的に生きる若者を揶揄する響きを持っていた。

しかし、この事件の核心は流行語ではない。

三人の男が、金のために、自分たちとほとんど無関係だった一人の女性を標的にした。

それだけのことである。

■いつ・どこで起きたか

事件は昭和28年、1953年7月1日に起きた。

場所は東京・世田谷、下北沢周辺の住宅街にあった川原家である。

犯行時刻は警察の検視などから午前11時前後と推定された。

この時間帯は、夫と長男が仕事へ出た後だった。

夜ではない。

深夜でもない。

人々が起き、働き、買い物をし、家事をしている白昼である。

犯人側にとって、昼間という時間には利点があった。

夜に複数の男が住宅街を歩けば不審に見えることがある。だが昼なら、配達、営業、訪問、知人など、さまざまな理由で人が動いている。

そして川原家では、昼間に成人男性が不在となる。

残るのは静子一人。

その生活リズムを知っていたことが、犯行計画の大きな前提になった。

■登場人物

【吉田】

犯人グループの一人。

資料では下の名前は記されていない。

以前は会社勤めをした時期もあったが、仕事は長続きせず、職を転々としていた。生活は安定せず、過去には詐欺事件に関係して警察に捕まったこともあったという。

事件直前には深刻な金欠状態に陥っていた。

周囲には「弁護士へ払う金もない」と話すほどで、一着しかない背広の上着まで売ったという話まで捜査で浮かび上がった。

一方で吉田は、川原家周辺の事情を以前から知っていた。

家族構成。

夫と息子が昼間働きに出ること。

妻が一人になる時間。

そして「家には金がある」という情報。

この知識が、犯罪計画を現実の標的へ変える役割を果たした。

【田村】

犯人グループの一人。

資料では下の名前は記されていない。

吉田とは巣鴨拘置所に収容されていた時期に知り合った。

二人は拘置所の中で、外へ出た後の生活について話した。その会話はやがて、仕事をして地道に稼ぐという方向ではなく、「大きいのを一発やる」という強盗計画へ傾いていった。

資料の再構成では、田村が吉田に「いいところを知らないか」と尋ね、吉田が川原家を思い出す流れが示されている。

【渡辺英一】

23歳。

吉田、田村に加わった三人目の男。

新宿周辺のパチンコ店などへ出入りし、景品の売買などで生活していたとされる。安定した職業生活を送っていたとは言い難く、窃盗などで警察に知られた人物だった。

事件前、吉田、田村と何度か集まり、人目を避けるように話していたという証言が出た。

犯行後には、川原家から奪われたカメラを預かり、その後、約一万円で売却したと資料には記されている。

【川原静子】

45歳。

被害者。

会社で部長職を務める夫の妻で、長男とともに三人で生活していた。

犯人たちと深い因縁があったわけではない。

恨みを買ったわけでもない。

金を借りたわけでもない。

犯人たちを警察に突き出したわけでもない。

標的にされた理由は、きわめて一方的だった。

「家に金がある」

「昼間は一人になる」

それだけだった。

【川原静子の夫】

会社で部長職を務めていた。

事件当日の朝、いつも通り出勤していた。

【川原静子の長男】

事件当日の朝、父と同様に仕事へ出ていた。

■事件発覚

事件が発覚したのは、7月1日午後0時50分ごろだった。

近隣の者が川原家の異常に気づき、警察へ届け出たことがきっかけとなった。

警察官が家の中へ入る。

室内には何者かが物色した跡が残っていた。

そして静子は、すでに死亡していた。

警察は犯行時刻を午前11時前後と推定。

家からはカメラ、16ミリ映写機、腕時計、預貯金通帳、そのほか多数の金品がなくなっていた。

現場は、強盗殺人を示していた。

さらに、捜査当初から警察を緊張させた事情があった。

同じ下北沢周辺では、短い期間のうちに、昼間に家へ残っていた女性を狙った強盗殺人事件が続いていたという。

「同じ犯人ではないか」

そう考えるのは自然だった。

もし同一犯なら、犯人は住宅街の生活時間を観察し、男性が仕事へ出た後の家を狙うことに慣れている可能性がある。

一件の犯行を解決できなければ、また別の家が狙われるかもしれない。

捜査員にとって、川原家の事件は一つの家庭だけの問題ではなくなっていた。

また、現場からは犯人を簡単に特定できる指紋が乏しかった。

「素人じゃないかもしれない」

「以前、刑務所にいた人間か」

「警察が何を見るか知っている可能性がある」

そんな見方も出た。

一方で、持ち去られた物は現金だけではなかった。

カメラ、映写機、時計。

換金できそうな物を幅広く持ち去っている。

そこから警察は、金に追われた複数犯という像を強めていった。

犯行直後の段階で、捜査側は「三人組ではないか」という仮説まで持った。

もちろん、この時点では吉田、田村、渡辺英一の名前はまだ出ていない。

それでも、後に浮かぶ三人の姿は、奇妙なほど初期の推測と重なっていった。

だが、捜査員はすぐに一つの疑問を持った。

なぜ犯人は、夫と息子がいない時間に来たのか。

偶然なのか。

それとも、最初から知っていたのか。

・犯人の生い立ち

・事件の前兆

・当日の詳細

・逮捕

・裁判

・判決

・まとめ