肉体交換 戸籍剥奪殺人の真相 

大西克己連続身代わり殺人事件

他人を殺し、その名前で結婚し、父親にまでなった男

昭和33年。1958年1月13日。

茨城県水戸市 偕楽園 千波湖

■事件概要

昭和三十三年。

一九五八年一月十三日。

茨城県水戸市。

偕楽園の下に広がる千波湖。

午後三時半ごろ。

湖畔に置かれていたオイル缶から、人間の身体の一部が見つかった。

鼻。

指。

そして男性の身体の一部。

「何だ、これは」

最初に見た者は、すぐには理解できなかっただろう。

しかし見れば分かる。

人間。

「警察を呼べ!」

翌十四日。

湖の反対側。

笹藪。

全裸に近い男性の遺体。

前日に見つかった身体部分と一致。

死体には異常な処置が施されていた。

顔。

指先。

身元を特定するために最も重要な場所。

そこへ薬品。

指先には細かな傷。

犯人の意思は明確だった。

「この死体が誰なのか、分からせない」

死因は絞殺。

死亡は前日の夕方から夜ごろ。

普通の殺人犯なら、

人を殺す。

逃げる。

だが、この犯人は違う。

殺した後、

「誰を殺したのか」

まで消そうとした。

顔を傷つける。

指紋を壊す。

身体の一部を別々にする。

薬品まで使う。

それは、被害者の身元が判明すると困る明確な理由があるからだった。

しかし皮肉なことに、

犯人が最も消したかったものが、

事件解決の入口になった。

指紋。

鑑識。

傷つけられた指。

わずかに残る紋様。

照合。

前科者記録。

一致。

被害男性の身元が判明する。

本稿では、

鈴木義男。

三十歳。

東京・墨田区方面で日雇い仕事をしていた男性。

以前、自転車窃盗で警察に検挙されたことがあり、指紋が警察に残っていた。

犯人にとっては完全な誤算だった。

鈴木の前科が、

死後、

彼の名前を取り戻すことになった。

さらに現場近くから、

浅草・浪花屋旅館

の名前が入った手拭い。

捜査員は東京へ。

宿帳。

鈴木義男。

そして一緒にいた男。

「西田」。

岐阜方面で皮革関係の商売をしている。

鈴木をセールスマンとして雇う。

そう説明していた。

だが調べても、

西田という男はいない。

住所も。

商売も。

偽名。

警察は、

「西田」

を追う。

まだ誰も知らない。

この西田は、

大西克己。

三年前。

山口県下関市で養父母を殺害した疑いで全国に手配されていた男。

そしてその後、

別の被害者を殺して戸籍を奪い、

その死者の名前で結婚し、

子どもまで作って暮らしていた男だった。

大西克己の犯罪は、

人を殺して金を取るだけではない。

一人の人間を殺す。

その戸籍を取る。

その名前で働く。

その名前で結婚する。

その名前で子どもの父になる。

そしてその名前が危険になれば、

次の人間を殺し、

また別の戸籍へ乗り換えようとする。

大西にとって他人の人生は、

「次に着る服」

のようなものへ変わっていた。

資料はこの事件を、

「肉体交換」

「戸籍剥奪殺人」

と呼ぶ。

だが実際には、

戸籍は交換できても、

肉体だけは交換できなかった。

指紋。

大西克己の指紋。

三浦を名乗っても同じ。

西田を名乗っても同じ。

鈴木になろうとしても同じ。

最後に大西を捕まえたのは、

紙ではなく、

自分の身体だった。

■いつ・どこで起きたか

本事件は、一つの場所で完結した事件ではない。

第一の大きな犯行。

昭和三十年、一九五五年六月一日。

山口県下関市。

大西克己は養父母二人を殺害したとされる。

第二。

一九五六年二月。

東京で一人の男性から戸籍関係書類を入手。

その男性を岡山県倉敷方面へ連れ出し殺害。

遺体を焼く。

その後、大西は被害男性の名前で東京に戻る。

第三。

一九五八年一月。

東京・山谷方面で別の男性へ接近。

戸籍関係書類を手に入れる。

浅草の旅館。

列車。

水戸。

千波湖。

絞殺。

身元確認を妨げるための処置。

遺棄。

事件発覚。

そして同年夏。

全国規模の捜査。

大西克己逮捕。

つまり、

下関。

別府。

東京。

岡山。

再び東京。

水戸。

全国。

事件は三年以上の時間と複数の県をまたいでいる。

大西が逃げるたび、

名前が変わる。

場所が変わる。

人間関係が変わる。

しかし犯人だけは同じだった。

■登場人物

【大西克己】

犯人。

一九二八年、山口県下関市生まれ。

大西家の養子として育ったとされる。

後年資料には、養母の私生児を大西家の養子という形にしたという説もあるが、資料も出生事情に複雑さがあることを示している。

高等小学校卒業後、自動車運転手などとして働く。

若いころから窃盗や強盗などの犯罪歴。

刑務所経験。

そのため「大西克己」という指紋が警察に残っていた。

一九五三年ごろ、前科を隠して女性と結婚。

養父母との不和。

金銭問題。

妻との関係。

犯罪歴。

そして一九五五年、養父母を殺害。

逃亡。

偽名。

別人の戸籍。

殺人。

その名前で結婚。

子ども。

さらに次の戸籍を奪うため再び殺人。

少なくとも四人を殺害したとされる。

【大西竹蔵】

大西克己の養父。

一九五五年六月一日、養母とともに克己が用意した食事と酒の席で殺害されたとされる。

【大西トラ】

大西克己の養母。

克己の結婚後、妻へ克己の前科を話すなどし、克己と激しく対立したとされる。

一九五五年六月一日、養父とともに死亡。

【四谷明夫】

北海道出身。

金に困り、自分の戸籍関係書類を大西へ売ることに応じた。

大西は約四万円を提示したとされる。

しかし戸籍の本物の所有者が生きていれば、いつか自分のなりすましが露見する。

大西はそう考え、四谷を旅行へ誘い出す。

岡山県倉敷方面。

毒物。

死亡。

遺体へガソリン。

焼却。

その後、大西は「四谷明夫」として生活を始める。

【鈴木義男】

三十歳。

東京・墨田区方面で日雇い仕事。

自転車窃盗の前科。

その際に採取された指紋が、後に身元確認の決定的手掛かりとなる。

「西田」と名乗る大西から仕事話を持ちかけられる。

戸籍関係書類と引き換えに一万五千円ほど。

その後、水戸へ。

千波湖畔で絞殺。

身元確認を妨害するため、顔や指先へ処置。

遺体遺棄。

【大西の最初の妻】

氏名資料不詳。

大西が前科を隠して結婚した女性。

一九五五年六月。

出産のため入院していた時、大西は養父母を殺害して逃亡した。

妻が子どもを産む一方、夫は全国手配の殺人容疑者となった。

【東京で結婚した妻】

氏名資料不詳。

大西を「四谷明夫」だと信じて結婚した女性。

戸籍も存在。

婚姻届も受理。

子どもも誕生。

ある日警察から、

「あなたの夫は四谷明夫ではない」

と告げられる。

本物の四谷は、夫によって殺されていた。

【渡部雄吉】

写真家。

鈴木義男殺害事件の捜査に約二十日間密着し、刑事たちの捜査を撮影。

後に写真集『張り込み日記』として知られる記録を残した。

【捜査員たち】

東京、茨城、山口、岡山などの警察。

指紋。

旅館。

宿帳。

偽名。

戸籍。

全国手配。

過去の身元不明死体。

複数の断片をつなぎ、

大西克己という一人の男へたどり着いた。

■事件発覚

一九五八年一月十三日。

千波湖。

オイル缶。

身体の一部。

翌日。

笹藪。

男性遺体。

顔。

指。

薬品。

「誰だ、この男は」

犯人が最も望んだ状態。

身元不明。

しかし鑑識。

指紋。

「完全には消えていない」

拡大。

照合。

前科記録。

一致。

「鈴木義男だ」

身元判明。

ここから事件は、

身元不明死体事件

から、

鈴木義男を最後に連れ歩いた男を探す事件

へ変わる。

旅館手拭い。

浅草。

宿帳。

鈴木。

西田。

「西田を探せ」

しかし西田はいない。

架空。

それでも男は実在する。

家族も顔を見ている。

旅館も見ている。

どこかで生きている。

捜査は東京へ広がる。

・犯人の生い立ち

・事件の前兆

・当日の詳細

・逮捕

・裁判

・判決

・まとめ