昭和32年 ビニール袋殺人事件「電気器具」として列車に載せられた男

福岡市の国鉄吉塚駅

昭和32年、1957年。

■事件概要

昭和三十二年、一九五七年。

戦後の混乱が少しずつ遠ざかり、日本の都市部では新しい商売、新しい商品、新しい流通が広がり始めていた。鉄道貨物は、人と物を全国へ運ぶ重要な動脈だった。東京から名古屋へ。名古屋から大阪へ。さらに九州へ。駅には毎日、数えきれないほどの木箱、布包み、機械、衣料品、商業貨物が積み下ろされていた。

その大量の荷物の中に、一つだけ、絶対に運ばれてはならないものが紛れ込んでいた。

人間の死体である。

昭和三十二年五月二日、午後四時半ごろ。

福岡市の国鉄吉塚駅。

駅構内に置かれていた大型貨物から、強い異臭が漂い始めた。

誰も受け取りに来ない。
送り主にも連絡がつかない。
受取人にも連絡がつかない。
荷物は厳重に包まれ、外から中身を見ることはできない。

日本通運の係員が鼻を押さえた。

「何だ、この臭いは」

別の係員も荷物に近づく。

「食べ物が腐ったんじゃないのか」

「いや……違う気がする」

何かがおかしかった。

荷札にはもっともらしい送り主と受取人が記されていたが、調べてみると、会社は存在しない。人物も実在しない。つまり、最初からこの荷物を受け取る人間などいなかったのである。

警察へ連絡が入った。

警察官立会いのもと、梱包が解かれた。

縄を外す。
外側の包みを取る。
布団が現れる。
さらにその内側に、ビニール製の洋服カバー。

何重にも包まれた内部から出てきたのは、機械でも商品でもなかった。

身体を折り曲げるような姿勢で押し込まれた、一人の若い男性の遺体だった。

遺体はすでに激しく腐敗していた。
顔を見て「誰であるか」を判断することは難しかった。
財布も身分証も、身元を簡単に示すものはない。

死体が貨物になっていた。

しかも、その貨物は東京から名古屋へ運ばれ、名古屋でいったん受け取られ、さらに福岡へ送り直されていた。

後に「ビニール袋殺人事件」、あるいは「布団詰め死体駅送事件」と呼ばれる事件は、こうして発覚した。

一見すると、奇抜な死体遺棄事件だった。

だが、その本質はもっと深い。

犯人は一人の男を殺した。
金を奪った。
そして死体だけでなく、「その男が殺されたという事実」そのものを社会から消そうとした。

偽造された手紙。
引っ越しの偽装。
運び出された家財道具。
架空の会社。
架空の受取人。
偽名。
鉄道貨物。
名古屋での積み替え。
福岡への転送。

さらに、被害男性の恋人に対しては、

「彼はどこかで生きている」

と思わせるような嘘まで重ねた。

犯人は被害者を一度殺しただけではない。

二度目には、被害者という人間が存在していた痕跡そのものを消そうとしたのである。

しかし、完全犯罪のために用意した物が、次々と犯人を指し示した。

剥がし忘れた荷札。
死体を包んだビニール製洋服カバー。
運送業者の記憶。
下宿人の証言。
恋人の証言。
鉄道の発送記録。

隠すために作られた仕掛けが、そのまま証拠へ変わっていった。

■いつ・どこで起きたか

殺害そのものが起きたのは、昭和三十二年三月五日ごろの東京とされる。

被害者は洋服生地の外交員として働く若い男性だった。

本稿では、被害者を「万代正人」と記す。

万代は地方へ出向いて洋服生地を売る仕事をしていた。
当時、東京で流行のピークを過ぎた生地でも、地方ではまだ商品価値を持つことがあった。都市と地方の流行の時間差を利用すれば、商売は成り立つ。

万代はその世界で営業力を持ち、地方へ出向き、商品を売り、現金を持って東京へ戻っていた。

その商売仲間の一人が坂本だった。

二人の関係は、やがて金銭をめぐって崩れていく。

三月五日。
万代は下宿を出る際、

「坂本のところへ行く」

という趣旨の話を残していた。

その日を境に、万代は戻らなくなった。

殺害から数日後の三月十日ごろ、坂本は遺体を布団とビニール製の洋服カバーで梱包し、東京・汐留方面から鉄道貨物として発送した。

届け先は名古屋。

坂本自身も名古屋へ移動し、偽名でその荷物を受け取る。

そこで荷札を付け替える。

そして、さらに遠方の福岡・吉塚方面へ送り直した。

つまり事件の経路は、

東京で殺害。
東京で死体を梱包。
汐留から名古屋へ発送。
名古屋で犯人自身が受領。
荷札を交換。
名古屋から福岡へ再発送。
そして五月二日、吉塚駅で発見。

という、異常に長いものだった。

犯人がなぜ最終的に吉塚を選んだのかについて、資料には明確な説明がない。

ただし、狙いそのものは分かる。

東京で死体が見つかれば、東京の行方不明者が調べられる。
万代の失踪が浮かぶ。
万代が最後に「坂本へ会いに行く」と言っていたことが判明する。
坂本へ捜査が近づく。

ならば、死体を遠くへ送ればよい。

しかも東京から直接福岡へ送らない。

名古屋を挟む。

名古屋で一度受け取り、別の荷札を付ける。

そうすれば、福岡で発見されたとき、

「この荷物は名古屋から来た」

と見える。

犯行現場を東京から切り離す。

そのための中継地点が名古屋だった。

しかし坂本は、東京から名古屋まで使われた古い荷札を完全には処分できていなかった。

一枚の紙片が残った。

その一枚が、

「この荷物は、もともと東京から来た」

と警察へ教えることになる。

■登場人物

【坂本】

本事件の犯人。
資料では姓のみが確認でき、名は本稿では補わない。
逮捕時は二十歳前後の若い男だった。
父は戦争中、ルソン島で戦死。
その後、母とも死別した。
親族に引き取られ、十七歳ごろに上京。
洋服生地関係の外交販売の世界へ入った。
若くして女性関係が多く、資料では「ドン・ファン」と表現されている。
結婚同然の女性と暮らし、子もいたが、その家庭から離れ、その後も複数の女性と関係を持ったとされる。
万代との商売で金銭上の不満を抱き、三月五日に口論の末、棒状の物で万代を殴って死亡させたと認めた。
その後、約五十万円を奪い、死体を鉄道貨物として遠方へ送る偽装工作を行った。

【万代正人】

洋服生地を扱う外交員。
東京だけでなく地方へも出張し、商品を売る仕事をしていた。
営業力があり、ある程度まとまった現金を持ち歩くこともあったとされる。
坂本と商売上の付き合いがあり、三月五日、「坂本のところへ行く」という趣旨を周囲に告げて下宿を出た後、行方不明となった。
坂本との金銭をめぐる口論の中で殺害された。

【春野美咲】

万代と親しく交際し、将来の結婚まで考えていた若い女性。
新橋の喫茶店などで働いていた。
万代が突然消えた後、その行方を心配し、事情を知っていそうな坂本へ尋ねた。
しかし坂本から、万代が生きているように思わせる虚偽の話を聞かされた。
後に坂本逮捕を知らせる報道で、万代がすでに殺されていたことを知る。

【竹井刑事】

事件捜査の中心人物の一人。
死体を包んでいたビニール製洋服カバーに注目。
メーカー、卸、問屋、小売店と流通経路を逆にたどり、坂本と万代の人間関係へ近づいた。
DNA鑑定も防犯カメラもない時代、物の流通と人の証言を一つずつ積み上げて犯人へ到達した。

【万代の下宿先の人々】

万代が三月五日に坂本のもとへ向かう趣旨を話していたこと、後に坂本が「万代からの手紙」と称するものを持って現れたことを証言する重要人物となった。

【運送業者】

坂本の依頼を受け、万代の下宿に残された荷物を運び出した。
当時は普通の引っ越し作業と思っていたが、後にその行動が、万代失踪直後の坂本の工作を裏付ける証言となった。

【日本通運の係員・吉塚駅関係者】
五月二日、受取人の現れない貨物から異臭がすることを不審に思い、警察への連絡につなげた。
事件の発見者側となった。

■事件発覚

五月二日午後四時半ごろ。

吉塚駅に、一つの荷物が残されていた。

受取人は来ない。

係員が荷札を確認する。

「この会社、連絡は?」

「つきません」

「受取人は?」

「そっちも駄目です」

荷物からは、日を追うごとに強い臭いが漏れていた。

腐った食品のようでもある。
だが、どこか違う。

警察が呼ばれた。

係員が縄をほどく。

包みを開く。

布団。

ビニール製の洋服カバー。

その奥に、人間の身体。

「人だ……」

その瞬間、ただの未受領貨物は殺人事件の証拠品へ変わった。

遺体は腐敗していた。
顔からの確認は難しい。
死後かなりの日数が経っている。

警察は、まず「誰なのか」を知らなければならなかった。

同時に、

「どこから来たのか」

も追わなければならなかった。

そして、荷物には三枚ほどの荷札が残されていた。

その荷札こそ、坂本が最も消したかったものだった。

・犯人の生い立ち

・事件の前兆

・当日の詳細

・逮捕

・裁判

・判決

・まとめ