昭和25年・石越村十八引 少女殺人事件
妊娠を告げた十九歳は、翌日雑木林で発見された
小山巳喜雄と「玄海ブルース」の夜

昭和25年、1950年10月14日
宮城県登米郡石越村東郷字十八引 宮城県登米市石越町東郷十八引

■事件概要

昭和25年、1950年10月14日。

宮城県登米郡石越村東郷字十八引。

現在の宮城県登米市石越町東郷にあたる地域で、一人の十九歳の女性が夜になって家を出た。

銀山冬美。

未婚。

家族には、

「友達のところへ行ってくる」

という趣旨のことを告げた。

いつもの外出のように見えた。

しかし冬美が本当に会おうとしていた相手は、友人ではなかった。

前年から人知れず関係を続けていた二十歳の青年、小山巳喜雄だった。

二人は昭和24年ごろ、村内の工事現場で知り合った。

やがて男女関係を持つ。

家族には秘密の交際だった。

一度は疎遠になった時期もあったが、その関係は完全には切れなかった。

そして昭和25年秋、冬美は妊娠した。

妊娠二、三か月。

子の父親とみられたのが小山だった。

小山に結婚する意思はなかった。

資料では、小山が冬美について「身体が弱く農作業に向かない」と考えていたことなどが、結婚を望まなかった理由として記されている。

小山は冬美へ中絶を求めた。

冬美は拒んだ。

事件前日の10月13日にも二人は話し合った。

小山は、

「子供をおろしてくれ」

という趣旨で説得した。

冬美は泣きながら、

「死んだ方がましだ」

という趣旨のことを口にしたとされる。

翌14日。

小山は刃物を衣服のポケットに入れて家を出た。

冬美の家の近くへ行き、二人の合図として使っていたという流行歌「玄海ブルース」を口ずさんだ。

田端義夫の「玄海ブルース」は前年、昭和24年の流行歌だった。

冬美は合図に気づき、家を出た。

二人は十八引墓地近くの雑木林へ向かった。

そこは翌日、冬美の遺体が発見される場所である。

小山の供述によると、二人はそこで男女関係を持った。

その後、夜8時50分ごろ。

小山は冬美が身につけていたモンペのひもを刃物で切った。

ひもを長く使えるよう結び直した。

そして冬美の首へ回した。

締める。

十九歳の女性は抵抗したとみられる。

だが小山はやめなかった。

さらに所持していた刃物を使用した。

冬美はその場で死亡した。

妊娠二、三か月。

胎児も生きることはできなかった。

翌15日午後4時30分ごろ。

自宅から南へ約150メートルほど離れた十八引墓地付近の雑木林で、近くにいた子供が人の倒れている姿を見つけた。

若い女性がうつ伏せで倒れている。

大人へ知らせる。

警察へ通報。

前夜から行方不明になっていた冬美だった。

首には衣服のひも。

さらに刃物による傷。

殺人事件だった。

司法解剖によって妊娠が判明する。

捜査は「誰が十九歳の未婚女性を妊娠させたのか」という方向へ動き始めた。

やがて一通の手紙から、小山巳喜雄が浮上する。

警察は小山を任意で取り調べた。

小山は一日中否認した。

その夜、佐沼の旅館へ泊まる。

眠れなかった。

翌朝11月5日。

小山は自分から警察署へ出向いた。

そして、

「おれがやった」

と犯行を認めた。

小山は、自分は冬美と情死するつもりだった、と主張した。

しかし自分は死んでいない。

犯行後は帰宅した。

凶器を池へ捨てた。

そして何食わぬ顔で捜査に協力し、自分で捨てた凶器を探す活動にも参加した。

一審の仙台地方裁判所古川支部は、1951年3月7日、小山に無期懲役を言い渡した。

検察の求刑は懲役15年だった。

裁判所は求刑を上回る重い刑を選んだのである。

しかし小山は控訴した。

1951年7月13日。

仙台高等裁判所は一審の無期懲役を破棄。

懲役15年とした。

十九歳の女性と胎児の命が奪われた事件。

最終的に確認できる判決は、懲役15年だった。

■いつ・どこで起きたか

事件が起きたのは1950年10月14日の夜。

宮城県登米郡石越村東郷字十八引。

「十八引」は「くぐひき」と読む。

独特な地名だが、現在も消えていない。

現在の行政区画では宮城県登米市石越町東郷字十八引となる。

宮城県が公開する農業用ため池データベースにも、

「十八引溜池」

所在地・登米市石越町東郷字十八引

として現在も登録されている。

つまり事件の舞台は、地図から消えてしまった幻の地名ではない。

七十年以上たった現在でも、「十八引」という名前は土地に残っている。

■昭和25年の石越村

事件当時の石越村は農業地帯だった。

農家にとって水田は生活そのものだった。

ところが昭和20年代前半、この地域は繰り返し水害に苦しめられていた。

昭和22年8月の国会会議録には、石越村の水田約1200町歩のうち800町歩余りが冠水し、500町歩ほどが収穫皆無の状態になったという報告が残っている。

別の国会審議でも、石越村は七年間のうち何度も洪水に見舞われ、村人が土地を離れることまで考えるほどだったとされる。

戦争は終わった。

しかし農村の日常がすぐ豊かになったわけではない。

食糧事情。

農地。

水害。

家族労働。

村社会。

結婚。

そうしたものが、現代よりはるかに強く一人の人生へ結びついていた。

もちろん、水害や貧困が小山の殺人を生んだわけではない。

社会背景は犯罪の免罪符ではない。

ただ、小山と冬美がどのような時代、どのような土地で生きていたのかを理解するためには、この地域の厳しい生活状況も無視できない。

■未婚女性の妊娠

昭和25年の農村社会。

十九歳。

未婚。

妊娠。

この四つの条件が重なったとき、本人へかかる圧力は現在とは比較できないほど大きかった。

父親は誰なのか。

結婚するのか。

家族へいつ話すのか。

村に知られたらどうするのか。

出産するのか。

子供をどう育てるのか。

仕事はどうするのか。

相手の家はどう考えるのか。

妊娠は冬美だけの身体の問題では済まされなかった。

家族全体。

相手の家。

村社会。

それらへ広がっていく重大事だった。

その現実から逃れたかった男が、小山巳喜雄だった。

■登場人物

■小山巳喜雄 20歳

本事件の犯人。

事件当時、石越村東郷字十八引に住む農業従事者だった。

冬美とは昭和24年6月ごろ、同じ工事現場で働いたことをきっかけに知り合った。

二人は親しくなり、男女関係を持つ。

しかし小山に結婚の意思はなかった。

昭和25年秋、冬美の妊娠を知った。

小山は中絶を求める。

冬美が拒んだ後、10月14日夜に冬美を呼び出した。

刃物を持参。

雑木林で冬美を殺害した。

事件後、凶器を池へ捨てた。

さらに捜索活動にも参加。

11月4日の任意事情聴取では一日中否認。

翌11月5日、自ら警察署へ出頭して、

「おれがやった」

と自供。

一審無期懲役。

控訴審懲役15年。

■銀山冬美 19歳 

被害者。

石越村に暮らしていた十九歳の女性。

前年、小山と同じ工事現場で働いていたことをきっかけに交際するようになった。

小山との交際は家族へ公然とは話していなかった。

昭和25年秋に妊娠。

妊娠二、三か月。

小山から中絶を求められたが拒否した。

事件前日、追い詰められた状態で、

「死んだ方がましだ」

という趣旨の言葉を口にしたとされる。

しかし、これは「殺してほしい」という意味とは同じではない。

10月14日夕方、自宅を出る。

小山と会い、十八引墓地近くの雑木林へ向かった。

同日夜、小山に殺害された。

翌15日、遺体で発見された。

■冬美の家族

10月14日午後6時30分ごろ、冬美が知人宅へ行く旨を告げて家を出たことを知っていた。

夜になっても帰らないため心配し、行方を探した。

翌日、家から約150メートルほどしか離れていない雑木林で、冬美は遺体となって発見された。

■冬美の友人たち

捜査では、冬美の交際関係を知るため友人たちにも聞き込みが行われた。

冬美には小山以外にも親しいと疑われた青年がいたとされる。

警察はその青年についても事件当夜の行動を調べた。

つまり、最初から、

「妊娠した女性だから、交際相手の小山が犯人だ」

と一人だけに決めつけていたわけではない。

複数の人物を調べ、比較したうえで小山へ疑いが集中していった。

■事件発覚

10月15日。

冬美が家を出てから一晩が過ぎた。

午後4時30分ごろ。

十八引墓地近くの雑木林。

近くで遊んでいた子供が、草木の中に何かがあることへ気づいた。

人だった。

若い女性。

うつ伏せ。

動かない。

子供は大人へ知らせた。

「人が倒れている」

知らせを受けた大人たちが現場を確認する。

警察へ通報。

佐沼地区警察署の捜査員が向かった。

そこに倒れていたのは、前夜から帰宅していなかった冬美だった。

■遺体

冬美は死亡していた。

首には衣服のひもが巻きついていた。

さらに刃物による傷も確認された。

自分でひもを巻き、自分で刃物を使ったとは考えにくい状況。

警察は殺人事件として捜査を開始した。

■妊娠

解剖で重要な事実が判明した。

冬美は妊娠していた。

二、三か月程度。

未婚の十九歳。

捜査員たちは考える。

「相手の男がいる」

殺人事件と妊娠。

その二つが無関係なのか。

それとも事件の中心にあるのか。

警察は冬美の交際関係を洗い始めた。

■土地勘

現場は大通りからすぐ見える場所ではなかった。

県道からさらに奥へ入った雑木林。

土地を知る者でなければ、夜にわざわざ入っていく理由が薄い。

冬美自身がそこへ歩いて行ったとすれば、一緒にいた人物を知っていた可能性が高い。

強盗に偶然襲われた事件というより、

「被害者と犯人が知り合いだった」

という線が強くなった。

・犯人の生い立ち

・事件の前兆

・当日の詳細

・逮捕

・裁判

・判決

・まとめ