殺人事件
明治
公開日: 2026年9月17日
(更新: 2026年9月18日)
【明治32年福島】6歳少女を肥溜めに遺棄・大人の怨恨が招いた凄惨な復讐殺人事件 福島県 飯坂
全文文字数: 約 11,129 文字
推定読了時間: 約 25 分
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■ 事件概要記録調書
| 発生日時 |
明治32年12月1日 |
| 発生場所 |
福島県福島町から飯坂方面へ延びる街道周辺 |
| 時代・分類 |
明治 / 殺人事件 |
| 閲覧区分 |
有料限定(冒頭無料試読あり) |
明治32年(1899年)12月の福島で、6歳の少女がかつての継母によって連れ出され、殺害される事件が発生しました。犯人の志波スズは、自身の乳児が元夫の家庭で亡くなった悲しみと怨恨から、先妻の娘である無垢な少女を報復の「いけにえ」としました。「帯を直してあげる」という言葉で少女を騙して首を絞め、肥溜めに遺棄するという残酷な手口と、大人の愛憎劇の犠牲となった幼い命の悲劇に迫る犯罪史ドキュメントです。
先妻の幼い娘を殺害し、肥溜めに遺棄した事件
明治三十二年、福島。亡きわが子の「いけにえ」にされた六歳の少女
明治32年12月1日
福島県福島町から飯坂方面へ延びる街道周辺
■事件概要
明治三十二年十二月一日。
冬の夕暮れが早く訪れる福島の町で、六歳の少女が一人の女に連れ出された。
少女をここでは「厚川未来」と呼ぶ。
未来を連れ出した女は、見知らぬ誘拐犯ではなかった。
女の名は志波スズ。
未来の父・厚川幸吉と、かつて夫婦として暮らしたことのある女性だった。
そのため未来にとってスズは、完全な他人ではない。
父と生活を共にしたことのある、顔を知っている大人だった。
スズは夕方、母親を探して飯坂方面へ向かおうとしていた未来に声をかける。
「もう暗くなる。私が送っていってあげる」
六歳の少女にとって、それは親切な申し出にしか聞こえなかった。
未来はスズについて歩いた。
二人は福島町から飯坂方面へ進み、やがて人家の少ない清水村方面へ入っていった。
午後五時半ごろ。
冬の太陽はすでに沈み、街道の左右には暗い田圃が広がっていた。
人目が途絶えた場所で、スズは少女に声をかけた。
「帯がゆるんでいるよ。締め直してあげる」
未来は疑わなかった。
着物の帯を大人に直してもらう。
六歳の子供にとって、それは何の不自然さもない行為だった。
少女は背中を向けた。
その直後、帯は衣服を整えるためではなく、少女の首を締めるために使われた。
突然、首に強い圧迫を受けた未来は、何が起きたのか理解する間もなかった。
「苦しい……」
小さな手が首元へ伸びた。
しかし、背後から成人女性の力で締め続けられた六歳の少女に、十分な抵抗はできなかった。
やがて体から力が抜け、未来は田圃のそばへ崩れ落ちた。
スズはそこで終わらなかった。
動かなくなった少女を近くの肥溜めまで運び、その中へ遺棄した。
人糞尿などを肥料として溜めていた、当時の農村では珍しくなかった設備である。
数時間前まで、
「お母さんのところへ行く」
と言って歩いていた少女は、母のもとへたどり着くことなく、暗い肥溜めの中に残された。
なぜスズは、まだ六歳の少女を殺したのか。
事件の背景には、未来の父・厚川幸吉をめぐる離婚と再婚、再離婚、そして復縁という複雑な男女関係があった。
さらに、スズが産んだ男児「春太郎」が、生後わずか二カ月ほどで死亡していた。
スズは、その死を幸吉と先妻の家庭に結びつけて考えるようになった。
やがて悲しみは怨恨へ変わり、
「自分の子を失ったのだから、あの女にも同じ苦しみを味わわせる」
という歪んだ報復へ進んでいった。
犯罪史は、未来が亡くなった春太郎の「いけにえ」とされたことをうかがわせる趣旨で事件を記録している。
大人同士の離婚。
金銭の約束。
復縁。
乳児の死。
嫉妬。
怒り。
恨み。
そのすべての最後で殺されたのは、その事情に何の責任もない六歳の子供だった。
■いつ・どこで起きたか
事件は明治三十二年(一八九九年)十二月一日に発生した。
舞台は福島県福島町から飯坂方面へ延びる街道周辺である。
現在の福島市中心部から北へ向かう一帯にあたる。
当時の福島は、現在のように夜でも街灯が連続している町ではない。
中心部から外れれば、日が暮れると田畑の闇が広がった。
十二月。
東北の夕暮れは早い。
午後四時ごろには日が傾き始め、五時を過ぎれば急速に暗くなる。
この日、未来は一人で母親のいる飯坂方面へ向かおうとしていた。
そこへ志波スズが現れた。
スズは少女を送るふりをして同行し、福島町を離れ、清水村方面の人目の少ない場所まで連れていった。
犯行が行われたのは午後五時半ごろとされる。
周囲には田圃が広がり、人通りはほとんどなかった。
そして近くには肥溜めがあった。
スズは、少女を殺したあと、その遺体をそこへ投げ込んだのである。
■登場人物
【志波スズ】
本事件の犯人。
資料によれば明治十年十二月生まれ。
一八七七年生まれで、事件当時は二十代前半だった。
職業は農業。
相馬郡方面の出身とされる。
未来の父・厚川幸吉と一時夫婦となり、男児を身ごもった。
しかし結婚生活は短期間で破綻。
離縁後に男児を出産し、その子を幸吉へ引き渡した。
その男児が生後約二カ月で死亡したことをきっかけに、幸吉の先妻とその子供たちへ強い恨みを抱いたとされる。
最終的に六歳の未来を連れ出して殺害し、遺体を肥溜めへ遺棄した。
裁判で無期懲役を言い渡された。
【厚川未来】
六歳。
本事件の被害者。
父は厚川幸吉、母は桜子。
志波スズとは血縁関係がないが、スズが父と夫婦だった時期があるため、顔を知る間柄だったと考えられる。
事件当日、母を探して飯坂方面へ向かおうとしているところをスズに声をかけられた。
「送ってあげる」と言われて同行し、途中で殺害された。
【厚川幸吉】
未来の父。
もともと桜子と結婚し、未来と和美という二人の娘をもうけた。
明治三十一年四月、事情があって桜子と離縁。
その後、志波スズと夫婦になるが、同年八月にはスズとも離縁した。
スズはその時点で妊娠していた。
離縁の際、出産までの生活費を一定額支払い、生まれた子は幸吉が引き取るという趣旨の取り決めがなされたが、資料によれば約束した金銭は十分に支払われなかった。
その後、幸吉は先妻桜子と復縁。
スズの産んだ春太郎も幸吉の家で養育された。
【厚川桜子】
未来と和美の母。
幸吉の先妻。
一度離縁したのち、幸吉と復縁した。
復縁後の家庭へ、志波スズが産んだ春太郎が引き取られることになった。
春太郎はその家庭で生後約二カ月で死亡。
スズはこの死について桜子へ強い疑念と怨恨を抱くようになった。
【厚川和美】
未来の妹。
幸吉と桜子の次女。
事件そのものには直接関わっていないが、スズの怨恨は桜子だけではなく、その娘二人にも向けられていたとみられる。
【春太郎】
志波スズと幸吉の間に生まれた男児。
離縁後に出生。
取り決めにより父・幸吉へ引き渡され、幸吉と復縁した桜子の家庭で育てられた。
しかし九月十六日、栄養失調で死亡した。
生後約二カ月だった。
この子の死が、スズの怨恨を決定的に深めることになる。
■事件発覚
事件発覚までの具体的な捜索経緯、誰が最初に遺体を発見したのか、どの時点で警察が志波スズを疑ったのかについて、今回の資料には十分な記述が残されていない。
したがって、その部分を事実であるかのように補うことはできない。
確認できるのは、未来が十二月一日にスズによって連れ出され、飯坂街道沿いの人目のない田圃付近で殺害され、遺体を肥溜めへ遺棄されたこと。
そして事件後、志波スズが殺人の責任を問われ、被告人として裁判にかけられたことまでである。
六歳の少女が夕方になっても帰らなければ、家族は当然異変に気づいたはずである。
しかし、実際に誰がどのように探し、どのような経緯で肥溜めの中から少女が発見されたのかは資料の記載外である。
ここでは想像で埋めない。
確かなのは、母を訪ねて家を出た少女が生きて帰ることはなく、ほどなく事件として捜査されることになったという事実である。
■犯人の生い立ち
志波スズの幼少期や両親、兄弟、家庭環境、教育歴などについて、今回の犯罪史の記載から詳しいことは確認できない。
分かっているのは、明治十年十二月生まれで、相馬郡方面の出身とされ、成人後は農業に従事していたということである。
したがって、スズがどのような少女時代を送り、どのような性格形成を経て大人になったのかを断定することはできない。
事件を理解するうえで重要なのは、幼少期の推測ではなく、事件直前の数年間に彼女の生活で起きた出来事である。
明治三十一年。
未来の父・幸吉は、妻の桜子と離縁した。
二人にはすでに未来と和美という二人の娘がいた。
なぜ夫婦関係が壊れたのか。
資料は詳しい理由を記していない。
ただ、「故あって夫婦別れをした」という趣旨で記録している。
妻と二人の娘を持つ男だった幸吉は、離縁後まもなく志波スズと夫婦になった。
スズから見れば、新しい家庭を築くはずだった。
しかし、その結婚も長く続かなかった。
同年八月。
幸吉とスズも離縁した。
わずか数カ月である。
だが、夫婦関係だけを切って終わることはできなかった。
スズは幸吉の子を妊娠していたからだ。
「腹の子はどうする」
離縁の話し合いの中で、当然その問題が出たはずだった。
二人の間では、出産まで一定の金銭を幸吉側が渡すこと、生まれた子供は父である幸吉が引き取ることが決められた。
ところが、資料によれば、約束された金銭は支払われなかった。
スズにとって、この出来事は小さな不満ではなかったと考えられる。
夫婦として別れた。
妊娠した自分だけが残された。
それでも相手の子を腹の中で育てている。
しかも約束された生活費すら届かない。
「約束したでしょう」
「私一人の子ではないでしょう」
そう言いたくなる状況だった。
やがてスズは男児を出産した。
ここでは春太郎と呼ぶ。
しかし、母親であるスズがそのまま育てたわけではない。
取り決めどおり、春太郎は父・幸吉へ引き渡された。
そして、そのころ幸吉は、さらにスズの感情を刺激するような選択をしていた。
最初の妻、桜子と復縁していたのである。
家の中には幸吉がいる。
桜子がいる。
未来がいる。
和美がいる。
そこへ、スズが産んだ春太郎が加わった。
春太郎にとって、幸吉は実の父。
桜子は実母ではない。
未来と和美は異母姉である。
スズはその家の外にいる。
自分は離縁された。
自分が産んだ子は、元夫とその先妻の家にいる。
しかも先妻は、自分が幸吉と結婚する前に一度離縁した女性だった。
複雑な感情が生じても不思議ではない。
だが、それでも、この時点では殺人は起きていない。
決定的な出来事は、その後に起こった。
九月十六日。
春太郎が死亡した。
死因は栄養失調。
まだ生後二カ月ほどだった。
当時は現在のように粉ミルクや乳児栄養の管理方法が整っていない。
生母の母乳から引き離された乳児を育てることは、現代よりはるかに難しかった。
資料も、春太郎が生母から引き離され、十分な哺乳を受けられなかった可能性に触れている。
しかしスズの中で、死の意味は別のものになっていった。
「どうして死んだ」
「本当にちゃんと育てていたのか」
「自分の子ではないから、粗末にしたのではないか」
証拠はない。
資料も、桜子が故意に春太郎を死なせたとはしていない。
それでも、わが子を失った母親の悲しみは、現実の因果関係とは別の方向へ動いていった。
悲しみが怒りに変わる。
怒りが憎しみに変わる。
そして憎しみは、幸吉だけでなく桜子へ向かった。
さらに桜子の娘たちにまで向かった。
未来と和美には何の責任もない。
春太郎を父親の家へ引き取らせたのは大人たちである。
春太郎の栄養状態を管理する責任も、六歳の未来にはない。
しかし、怨恨に支配されたスズの視線の中では、
「桜子の娘」
というだけで、子供たちは憎しみの側に分類されていった。
犯罪の前兆は、ここにあった。
・事件の前兆
・当日の詳細
・逮捕
・裁判
・判決
・まとめ
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