連続尼僧殺し 大米龍雲事件
「殺尼魔」と呼ばれ、寺から寺へ、県から県へ逃げ続けた男

大正3年  1914年12月

東京 現在の新宿区高田馬場一丁目付近

■事件概要

大正三年  一九一四年十二月。

東京。

現在の新宿区高田馬場一丁目付近。

当時、この一帯には「諏訪ノ森」と呼ばれる深い森があった。

木々。

細い道。

人家の少ない場所。

その森の中に、小さな地蔵堂が建っていた。

玄国寺地蔵堂。

そこを一人で守っていたのが、七十二歳の尼僧だった。

川島影子。

十一月三十日。

影子は、

「青山の方へ出かけてきます」

という趣旨の言葉を残し、堂を離れた。

一日。

帰らない。

翌十二月一日。

本来なら弘法大師の縁日。

参詣人を迎える日。

しかし尼僧は戻らない。

近所の人々が話し始める。

「影子さん、まだ帰っていないのか」

「親類のところじゃないですか」

「聞いたけど、誰も知らないそうです」

不安が広がる。

十二月二日の夜。

数人が連れ立って寺へ向かった。

戸を開ける。

中が荒れている。

衣類。

書物。

生活用品。

普段は整っている室内が乱れていた。

「泥棒じゃないか」

六畳間。

戸棚。

大きな竹製の行李。

「こんなもの、ここにあったか」

引き出す。

異様に重い。

ふたを開ける。

そこには、

影子の遺体。

首には手ぬぐいが巻かれ、身体には暴行を受けた痕跡があった。

後の検視では、性的な被害も確認された。

金品も物色されている。

七十二歳。

一人暮らし。

寺。

預金。

警察は強盗殺人とみた。

だが犯人は捕まらない。

そして約二カ月後。

鎌倉。

また尼僧。

また寺。

今度の被害者は二十五歳。

林田美知。

美知も殺害され、金品を奪われ、性的被害を受けていた。

現場には火鉢。

たばこの吸い殻。

菓子。

犯人は突然押し入り、すぐ殺したのではない。

尼僧は犯人を客として迎えた可能性が高い。

「どうぞ」

「寒いですから、火鉢のそばへ」

犯人は座る。

たばこを吸う。

一本。

二本。

さらに一本。

一時間近く。

相手を信用させた後。

殺害。

金品。

そして逃走。

警察は、

「同じ男ではないか」

と疑った。

被害者は尼僧。

人目の少ない寺。

金品の物色。

性的被害。

犯人が落ち着いて滞在した形跡。

だが証拠がない。

犯人の顔も分からない。

県境を越えれば捜査も分断される。

東京。

神奈川。

大阪。

兵庫。

福岡。

男は移動する。

偽名。

短期の間借り。

盗品を別の土地で売る。

そしてまた消える。

その連鎖を止めたのは、

死者ではなかった。

生き残った尼僧だった。

大正四年七月。

東京・杉並方面。

尼寺。

六十九歳。

安川静江。

龍雲に襲われ、金品を奪われ、性的被害を受けた。

しかし死亡しなかった。

警察が聞く。

「犯人の顔を覚えていますか」

静江は答える。

「覚えています」

「どんな男でした」

「四十歳くらい」

「ほかに特徴は」

静江は顔を思い出す。

そして言った。

「鼻筋が欠けていました」

極めて目立つ特徴。

捜査が動く。

盗まれた法衣。

古着屋。

売った男。

名前。

「松本四郎」

住所。

しかし消えている。

家主。

「二日前に引っ越しました」

荷物。

十四個。

鉄道。

博多。

電報。

そして八月八日。

福岡。

男は捕まる。

最初、

「松本四郎」

と名乗る。

追及。

別名。

そして、

「大米龍雲」

と名乗った。

四十四歳。

鼻に傷。

大量の偽名。

同行する女。

外川珠子。

ここから警察が見たのは、

一人の尼僧殺しではなかった。

十年以上にわたり全国を転々とし、

寺。

尼僧。

住職。

金品。

詐欺。

強盗。

殺人。

性的暴行。

窃盗。

それらを繰り返してきた疑いのある男。

犯罪史によれば、龍雲自身が自供した犯罪は、

殺人一件。

強盗殺人五件。

強盗百三十八件。

さらに窃盗など百件以上。

だが、この膨大な自供すべてが完全に裏付けられたわけではない。

新聞は数字を競った。

「また殺した」

「新しい自白」

「警視庁始まって以来の極悪人」

やがて龍雲は、

「殺尼魔」

「食人鬼」

「悪魔龍雲」

と呼ばれる。

一人の犯罪者が、

新聞紙上で怪物へ変わっていった。

一九一五年十一月。

東京地方裁判所。

検察。

死刑求刑。

龍雲は、

「自分を殺しても被害者は戻らない。無期刑にしてもらい、被害者の冥福を祈りたい」

という趣旨で助命を求めた。

十一月八日。

死刑。

控訴。

死刑。

上告。

棄却。

翌一九一六年六月二十六日。

東京監獄。

死刑執行。

大米龍雲。

四十代半ば。

全国を渡り歩いた犯罪者の人生は終わった。

だが、その死後。

「刑場でも笑っていた」

「目隠しを拒んだ」

「死など恐れなかった」

という伝説が作られた。

本当の龍雲。

新聞が作った龍雲。

二つの像は、現在まで重なって残っている。

■いつ・どこで起きたか

大米龍雲事件は、一つの都市、一つの夜、一つの殺人ではない。

犯罪史などで龍雲に結びつけられた犯罪は、少なくとも明治三十八年――一九〇五年ごろから確認される。

最初期の殺人として記録されるのが、

兵庫県尼崎。

真如庵。

一九〇五年一月二十一日。

七十二歳の尼僧、本稿で坂西影代とする女性が殺害され、現金二十四円が奪われた事件。

その後。

島根県松江。

三重県桑名。

東京。

神奈川。

大阪。

福岡。

各地。

龍雲は捕まることもあった。

しかし別件の窃盗。

詐欺。

傷害。

それだけで処理される。

過去の殺人まで結びつかない。

一九一三年四月。

神奈川県小田原。

願修寺。

六十歳ほどの尼僧・藤森徳江。

殺害。

金品。

預金通帳。

一九一四年。

東京・諏訪ノ森。

川島影子。

殺害。

一九一五年一月。

鎌倉。

林田美知。

殺害。

同年五月。

大阪府高槻。

慈眼寺。

男性住職・大沢凡雄。

殺害と強盗の疑い。

同年七月。

東京・杉並。

安川静江。

強盗・性的被害。

しかし生存。

そして八月。

福岡・博多。

逮捕。

東京へ移送。

十一月。

東京地方裁判所。

翌年六月。

東京監獄。

死刑執行。

つまり事件は、

兵庫。

島根。

三重。

神奈川。

東京。

大阪。

福岡。

複数の府県へまたがる。

「連続尼僧殺し」

という呼び名以上に、

全国規模の広域犯罪

だった。

■登場人物

【大米龍雲】

本事件の犯人。

逮捕時四十四歳。

ただし本人の本名、本籍、生年月日には不明点が残る。

本人供述と犯罪史によれば、明治四年ごろ、東京・浅草の裕福な質屋の家へ生まれたとされる。

幼少期に両親を失う。

七歳ごろ、親族に財産を奪われ、大分の龍昌寺住職・大米龍元へ預けられたという。

そこで「龍雲」という法名を与えられた。

十八歳ごろ龍元が死亡。

寺を出る。

熊本で柔道を学び、三段を得たとも供述。

日清戦争では軍夫として戦地へ行き、地雷で負傷し鼻柱を失ったという。

その後、静岡県島田町の福仙寺で住職になったが、生活が成り立たず寺を去り、詐欺、窃盗、強盗などを繰り返しながら各地を転々とする。

ただし、これらの生い立ちは本人供述への依存が大きく、出生地を岡山とする当時報道もあり、全てを事実と断定することはできない。

多数の偽名を使用。

代表的なものが、

「松本四郎」。

職業も、

書家。

教師。

旅僧。

などと名乗り分けた。

寺院、とくに一人暮らしの尼僧を狙う事件を繰り返したとされる。

【河内義昌刑事】

警視庁の刑事。

杉並の尼寺強盗事件で奪われた法衣を追い、古着屋を一軒ずつ捜査。

盗品が売られた店を突き止める。

「松本四郎」という偽名。

住所。

家主の証言。

さらに大量の荷物を追い、新橋駅から博多まで捜査線を伸ばした。

博多で龍雲が逮捕された後、身柄引き取りのため福岡へ向かった。

【橋爪警視】

捜査係長。

龍雲が大量の荷物を持って西へ逃走したことが分かった際、列車がすでに博多へ到着しているように見えた中、

「門司で連絡のため遅れる可能性がある」

と判断。

福岡へ緊急電報を送り、逮捕へつなげた。

後に龍雲の長大な自供を聞いた捜査幹部の一人。

【外川珠子】

実在の中山たまにあたる女性。

福岡県出身。

飲食店を営んでいたころ龍雲と知り合う。

後年本人が新聞に語ったところでは、龍雲から性的暴力を受け、その後、事実上の妻のような形で各地へ連れ回された。

龍雲の連続殺人の全貌は知らなかったとされる。

別れを望んでも武器を見せられて脅された。

事件後、共犯を疑われたが、殺人・強盗へ積極的に加担した証拠は得られず釈放。

【川島影子】

七十二歳。

東京・諏訪ノ森の玄国寺地蔵堂を守っていた尼僧。

若いころには髪結いや占いなどをして暮らしたとされる。

姉の看病で寺へ移り、姉の死後は一人で堂を守る。

一九一四年十一月末に殺害され、戸棚の行李から遺体が発見された。

【林田美知】

二十五歳。

鎌倉・聞聲庵で留守を守っていた尼僧。

一九一五年一月二十七日、寺の中で殺害される。

現場には火鉢、複数のたばこの吸い殻、菓子があり、犯人を客として迎えていた可能性が高い。

【安川静江】

六十九歳。

杉並方面の尼寺で襲撃された尼僧。

龍雲事件解明の重要な生存者。

殺されずに生き残り、犯人について、

「四十歳前後」

「色白」

「鼻筋が欠けている」

と証言。

この証言が盗品の法衣と結びつき、松本四郎=大米龍雲へ捜査が向かった。

【坂西影代】

七十二歳。

一九〇五年、兵庫県尼崎の真如庵で殺害された尼僧。

犯罪史などで龍雲の最初期の殺人被害者として記録される。

【藤森徳江】

神奈川県小田原の願修寺の尼僧。

六十歳ほど。

寺の改修費を集めているという情報を龍雲に知られ、金を持っている人物として狙われたとされる。

龍雲は信者を装って信用を得た。

【大沢凡雄】

大阪府高槻の慈眼寺住職。

三十六歳。

龍雲の標的は尼僧だけではなく、男性住職を襲った事件も記録されていることを示す人物。

■事件発覚

この連続事件が最初から、

「大米龍雲による連続殺人」

として発覚したわけではない。

一九一四年十二月。

諏訪ノ森。

戸棚の行李。

七十二歳の尼僧。

殺人。

警察は調べる。

浮浪者。

寺へ出入りした人間。

近隣。

過去の強盗。

何人も疑う。

新聞には、

「犯人逮捕か」

という記事まで出る。

だが違う。

迷宮入り。

二カ月後。

鎌倉。

若い尼僧。

また殺人。

警察は初めて、

「同一犯ではないか」

と疑う。

しかし顔がない。

証人がいない。

決定打がない。

事件を本当に動かしたのは、

半年後の生存者。

安川静江。

「鼻筋が欠けていました」

それだけではない。

盗まれた法衣。

古着屋。

松本四郎。

転居。

十四個の荷物。

新橋駅。

博多。

一つずつ。

そして男へ到達。

事件発覚という意味では、

最初の遺体発見よりも、

「生存者が犯人の顔を語った瞬間」

こそ、連続犯罪全体が動き出した転換点だった。

■犯人の生い立ち

大米龍雲の生い立ちには、不確かな部分が多い。

ここを物語のように断定することはできない。

本人は、

東京・浅草の裕福な質屋の家に生まれた。

幼くして両親を失った。

親族に財産を奪われた。

七歳で寺へ預けられた。

と語った。

預け先。

大分。

龍昌寺。

住職。

大米龍元。

そこで龍雲という法名。

少年時代を寺で過ごす。

経典。

読経。

僧侶の生活。

寺の仕組み。

檀家。

布施。

庫裏。

寺の中に何があり、どこに金を置き、どの時間帯に人が少ないか。

もし本人供述どおり寺育ちだったなら、後に寺院を狙う際、この知識は大きな意味を持った可能性がある。

十八歳ごろ。

養父のような住職が死亡。

龍雲は寺を出る。

熊本。

柔道。

三段。

さらに日清戦争。

軍夫。

戦地。

爆発。

鼻。

龍雲が逮捕されたとき、最も目立つ身体的特徴だった鼻筋の欠損。

本人は、

「戦争で負傷した」

と説明した。

その後。

静岡。

福仙寺。

住職。

しかし貧しい寺。

生活できない。

寺を去る。

ここから犯罪生活へ。

だが、

「貧しかったから犯罪者になった」

ではない。

貧しい僧侶は無数にいた。

住職を辞めた人間もいる。

犯罪を選んだのは龍雲。

その後。

詐欺。

窃盗。

強盗。

全国移動。

偽名。

龍雲は、

寺で得た知識。

柔道による身体能力。

人を信用させる会話。

偽名。

広域移動。

それらを犯罪へ使っていった。

・事件の前兆

・当日の詳細

・逮捕

・裁判

・判決

・まとめ