松山町一家四人殺し
二千円の嘘を隠すため、四人を消そうとした豚商・徳永三之助
昭和4年、1929年1月16日
埼玉県比企郡松山町 農村地帯
■事件概要
昭和四年、一九二九年一月十六日。
埼玉県比企郡松山町。
現在の東松山市周辺にあたる農村地帯で、一家四人が一夜のうちに殺害された。
被害者は、かつて村長を務め、地域では資産家、篤農家として知られていた六十九歳の農家、ここでは仮に川下豊作と呼ぶ。
その妻、川下冬江。
息子の川下新一。
そして、新一の妻で二十三歳だった川下朝子。
四人は、同じ部屋で一度に襲われたのではない。
朝子は自宅の中。
新一は家の裏手に近い麦畑。
豊作と冬江は、さらに離れた山林。
遺体は三つの場所に分かれていた。
警察はすぐに奇妙さへ気づいた。
もし夜中に見知らぬ強盗が押し入り、一家を一気に襲ったのであれば、四人の遺体がこれほど離れて発見されるのは不自然である。
一人ずつ外へ連れ出されたのではないか。
そして、夜に呼び出されても被害者たちが警戒しない人物ではなかったか。
捜査は、家族と親しく、家へ出入りでき、さらに金銭関係を持っていた男へ近づいていく。
男の名は徳永三之助。
四十歳。
職業は豚商。
徳永は豊作から土地購入の仲介を頼まれていた。
対象は吉見村の人物が所有する田だった。
豊作は徳永に、
「土地の持ち主へ話をつけてもらいたい」
という趣旨の依頼をした。
徳永は承知した。
ところが、土地の所有者との売買が成立していないにもかかわらず、豊作へ、
「話はまとまりました」
と嘘をついた。
昭和三年二月二十四日。
豊作は、その言葉を信用し、内金として千五百円を徳永へ渡した。
しかし土地の登記は行われない。
豊作は何度も催促する。
「徳永さん、登記はまだなのか」
「もう少し待ってください」
「話はついているんだろう」
「もちろんです」
一年近く、そのやり取りが続いた。
やがて徳永は逃げ切れなくなる。
それでも真実を告白することはなかった。
逆に、さらに五百円を要求した。
「今度こそ登記できます。残金の五百円をください」
豊作は疑う。
「先に登記してもらわなければ困る」
徳永は約束した。
昭和四年一月十六日。
必ず登記を行う。
その日を、自分で決めてしまった。
一月十六日になれば、土地の売買が成立していないことが露見する。
千五百円をだまし取った事実も明らかになる。
返金を求められる。
警察へ届け出られるかもしれない。
詐欺の責任を問われる。
徳永には選択肢があった。
謝罪する。
金を返す。
返せないなら借金して工面する。
詐欺を認める。
刑事責任を負う。
しかし徳永は、そのいずれも選ばなかった。
徳永が選んだのは、
「金を渡した人間を消す」
という方法だった。
しかも豊作一人を殺しただけでは、家族が残る。
自分が豊作と土地取引をしていたことを知る者がいる。
そこで妻も、息子も、息子の妻も消す。
一件の詐欺を隠すための計画が、一家四人の殺害へ変わっていった。
事件当日。
徳永は普段通りの顔で川下家へ現れた。
そして、殺害するつもりだった豊作から、最後の五百円まで受け取った。
合計二千円。
その後、
「それでは手続きへ行きましょう」
という趣旨で豊作を家から連れ出す。
山林。
徳永は豊作を殺害した。
そして家へ戻る。
今度は新一たちを欺き、外へ連れ出す。
麦畑で新一を殺害。
さらに冬江も殺害する。
三人を殺した徳永は、再び川下家へ戻る。
家に残っていたのは二十三歳の朝子。
朝子は、徳永へ尋ねた。
資料には古い表記で、
「家ノ者ハ如何ニセシヤ」
と残る。
現代語なら、
「家の者たちはどうしたんですか」
徳永は、
「今、戻る」
という趣旨の返答をした。
朝子は信じた。
徳永のために寝床まで用意した。
その時点で、夫も義父も義母もすでに殺されていた。
朝。
朝子は起き、朝食の支度をしようとした。
その背後には、家族三人を殺した男がいた。
徳永は朝子も襲った。
こん棒状の物で激しく殴られ、朝子は自宅で死亡した。
四人。
一晩のうちに一家は消えた。
しかし、完全犯罪にはならなかった。
翌朝、午前九時を過ぎても農家の戸が開かない。
近所の者が不審に思う。
家へ入る。
朝子の遺体。
警察へ通報。
周囲を捜索。
麦畑から新一。
山林から豊作と冬江。
そして家の中には、家族以外の誰かが使った寝床。
事件直前に銀行から引き出され、消えていた五百円。
一年近く続いていた土地取引。
徳永三之助。
一つずつ線がつながる。
徳永は取調べを受け、やがて一家四人の殺害を認めた。
昭和四年五月二十一日。
事件から約四か月後。
徳永三之助に死刑判決が言い渡された。
■いつ・どこで起きたか
事件が起きたのは昭和四年一月十六日から十七日にかけての夜。
昭和四年は一九二九年である。
場所は埼玉県比企郡松山町。
現在の東松山市周辺にあたる。
当時の松山町は、現在の都市部とは大きく異なる。
田畑。
農道。
麦畑。
山林。
夜になれば人通りも少なくなる。
電灯も現代ほど明るくない。
冬の夜。
農家の周囲には暗闇が広がる。
その地理的条件は、徳永にとって都合がよかった。
人目のない場所へ一人ずつ連れ出すことができる。
豊作は徳永を知っている。
普段から家へ出入りしていた男。
土地取引を頼んでいる仲介人。
知らない男ではない。
だから夜であっても、
「一緒に来てください」
と言われれば、警戒しにくい。
事件現場が三か所に分かれたのは、この信用関係が利用された結果だった。
自宅。
麦畑。
山林。
家族四人は、それぞれ異なる場所で命を奪われた。
■登場人物
■徳永三之助
本事件の犯人。
事件当時四十歳。
豚商。
比企郡松山町周辺で豚の売買に関係する仕事をしていた。
川下家へ以前から出入りし、豊作から土地購入の仲介を頼まれた。
土地所有者との正式な売買が成立していないにもかかわらず、「話はついた」と偽り、昭和三年二月二十四日に千五百円を受け取った。
その後一年近く登記を先延ばしにし、昭和四年一月にはさらに残金五百円を要求。
詐欺が露見することを恐れ、一月十六日に一家殺害へ及んだ。
事件後に捜査線上へ浮上し、取調べの末、犯行を認めた。
同年五月二十一日、死刑判決。
■川下豊作
六十九歳。
元村長。
地元では資産家として知られ、農業にも熱心な篤農家だった。
近く郡農会から表彰される予定だったとされる。
土地を増やすため、徳永へ吉見村の田の購入仲介を依頼した。
徳永の嘘を信用し、まず千五百円、その後五百円を渡した。
事件当日、徳永に「登記手続き」の名目で誘い出され、山林で殺害された。
■川下冬江
豊作の妻。
徳永の詐欺とは直接関係のない家族だったが、豊作殺害後、秘密を知る可能性のある者として殺害された。
夫とともに山林で遺体が発見された。
■川下新一
豊作の息子。
事件当日、徳永が一人で戻ってきた際、父の所在について当然疑問を持った。
徳永に欺かれ、外へ連れ出された。
家の裏手に近い麦畑で殺害された。
■川下朝子
新一の妻。
二十三歳。
一家四人の最後の犠牲者。
義父、義母、夫が徳永とともに外へ出たあと、自宅に残っていた。
徳永が一人で戻ったため、
「家の者たちはどうしたんですか」
という趣旨で尋ねた。
徳永の「今戻る」という説明を信じ、寝床まで用意した。
翌朝、朝食の支度を始めようとしたところを襲われ、自宅内で死亡した。
■近隣住民
事件翌朝、午前九時を過ぎても川下家の戸が開かず、人の気配がないことを不審に思った。
家へ入り、最初の遺体となる朝子を発見。
警察へ通報した。
■松山警察署の捜査員
現場へ急行。
家の中、麦畑、山林を捜索し、一家四人全員の死亡を確認。
遺体が三か所に分かれていること、事件直前の五百円、家族以外の寝床、土地取引などを手掛かりに、徳永三之助へたどり着いた。
■事件発覚
昭和四年一月十七日の朝。
松山町の農家なら、朝は早い。
家族が起きる。
戸が開く。
火を起こす。
朝食を作る。
家畜や農具を確認する。
畑へ出る準備をする。
ところが川下家だけは静かだった。
午前九時を過ぎても戸が開かない。
「おかしいな」
近所の者が思う。
農家で九時になっても誰も動かない。
寝坊という範囲を超えている。
家の近くへ行く。
「ごめんください」
返事がない。
もう一度。
「川下さん」
反応がない。
近隣住民は家へ入る。
そして、若い女性が倒れているのを発見した。
川下朝子、二十三歳。
頭部などをこん棒状の物で激しく殴られ、すでに死亡していた。
「これは……」
転んだのではない。
病気でもない。
明らかに人から襲われた痕跡がある。
しかもほかの家族がいない。
「警察だ!」
通報を受けた松山署は重大事件として動いた。
捜査員が家へ入る。
朝子の遺体を確認。
「ほかの三人は?」
「見当たりません」
家の中を探す。
いない。
周囲へ出る。
裏手の畑。
麦畑。
そこに男が倒れている。
新一。
死亡。
「二人目だ」
しかし、豊作と冬江がまだいない。
捜索範囲を広げる。
山林へ入る。
木々の間。
そして残る二人が発見された。
豊作。
冬江。
二人とも死亡していた。
自宅に朝子。
麦畑に新一。
山林に老夫婦。
一家四人。
全員死亡。
この時点で、単なる強盗殺人では説明しにくい構造が見えてきた。
・犯人の生い立ち
・事件の前兆
・当日の詳細
・逮捕
・裁判
・判決
・まとめ