八幡バラバラ事件
川に捨てられた二つの胴体と、大師堂の三人
事件概要
昭和二十四年三月三十一日。
戦争が終わって、まだ四年も経っていない。
福岡県八幡市。
現在の北九州市八幡東区である。
巨大な八幡製鉄所から煙が上がり、日本の戦後復興を支える労働者たちが行き交う工業都市。その町の片隅を流れる小さな川で、二人の少年が奇妙な包みを見つけた。
場所は西通り町二丁目。
鹿児島本線の下を流れる、川幅わずか四メートルほどの小川だった。
水の中に沈んでいたのは、薦で包まれた大きな荷物。
一つではない。
二つあった。
少年たちは、最初、それが何なのか分からなかった。
戦後間もない時代である。
川にはさまざまな物が捨てられた。
生活ごみ。
壊れた道具。
廃品。
誰かが不要になった荷物を捨てたとしても、それほど不思議ではなかった。
「なんやろ、これ」
一人の少年が包みへ近づいた。
「開けてみようか」
子供の好奇心だった。
薦をめくった。
次の瞬間、二人は動けなくなった。
中にあったのは物ではない。
人間だった。
しかし、一人の人間として完全な姿をしていなかった。
頭部がない。
両手がない。
両足もない。
残されていたのは胴体だけだった。
しかも、一体ではない。
男。
女。
二人分の胴体だった。
少年たちは顔を引きつらせた。
「人や……」
「人間や!」
恐怖に駆られて、その場を離れる。
二人が駆け込んだのは八幡市警察署東町派出所だった。
届けを受けた黒木巡査も、最初は耳を疑っただろう。
「川に、人間が……」
「どういうことだ」
「包みの中に、胴体があるんです」
現場へ向かった警察官が確認した。
少年たちの話は間違っていなかった。
男女二人。
頭なし。
手足なし。
遺体は意図的に切断され、薦包みにされ、川へ投げ捨てられていた。
八幡市警はただちに大規模捜査へ入った。
現場へ投入された捜査員は六十四人。
だが、警察は事件の入り口で早くも巨大な壁へぶつかった。
犯人が誰なのか以前に、
殺されている二人が誰なのか分からなかったのである。
顔がない。
指がない。
頭部がないため、人相から身元を調べることもできない。
手がないため指紋も取れない。
足もない。
服装などの手掛かりも乏しかった。
犯人は二人を殺しただけではない。
殺された人間の名前まで消そうとしていた。
だが、完全には消せなかった。
事件を崩したのは、当初投入された六十四人の捜査員でも、懸賞金でもなかった。
一人の警察官が帰宅途中に感じた、
「そういえば、最近あの老夫婦を見ない」
という小さな違和感だった。
そこから、一間の大師堂に暮らしていた三人の人間へと捜査は向かっていく。
三輪宇吉。
妻の三輪ヨシ。
そして、二人の親切によって住む場所を与えられた男――
和田伝七。
五十九歳。
前科九犯。
三輪夫妻に助けられながら、その夫妻を殺害し、遺体を切断し、家財を奪った男だった。
いつ・どこで起きたか
犯行が行われたのは、
昭和二十四年三月二十五日。
事件が発覚したのは、その六日後の三月三十一日だった。
舞台は福岡県八幡市。
現在の北九州市八幡東区にあたる。
当時の八幡は、日本を代表する工業都市だった。
八幡製鉄所。
煙突。
工場。
貨物列車。
労働者。
戦争が終わり、日本は焼け跡から立ち上がろうとしていた。
しかし社会はまだ安定していない。
闇市がある。
失業者がいる。
復員兵がいる。
住む家を失った人がいる。
食うために廃品を拾う人間もいる。
人が土地から土地へ流れていく。
和田伝七も、そうした戦後社会を漂ってきた一人だった。
和田は事件当時五十九歳。
宮崎刑務所を出所した後、昭和二十四年二月ごろ八幡市へやって来た。
窃盗。
放火。
その他の犯罪。
前科は九犯。
長い犯罪歴を持つ男だった。
安定した仕事もない。
安定した住居もない。
和田は八幡製鉄病院付近で、くず拾いなどをして生活していた。
そこで知り合ったのが三輪宇吉だった。
宇吉は同病院で清掃の仕事をしていた。
宇吉と妻ヨシの暮らしも決して裕福ではなかった。
二人が住んでいたのは、八幡製鉄大谷プール付近の高台にあった大師堂。
昔の事件史には、
「一間だけの大師堂」
という趣旨の記述がある。
一間。
夫婦二人でさえ決して広くない。
そこへ宇吉は、住む場所に困っていた和田を迎え入れた。
「行くところがないなら、ここへ泊まったらいい」
そのような親切だった。
ヨシも反対しなかった。
三人の共同生活が始まった。
一間しかない場所。
朝になれば顔を合わせる。
夜になれば同じ屋根の下で眠る。
食事を共にする。
わずか一か月ほどだったが、和田にとって三輪夫妻は、見ず知らずの他人ではなくなっていた。
にもかかわらず、和田は二人を殺害する。
理由は驚くほど単純だった。
夫妻の家財道具を奪う。
それを売る。
金にする。
そして、再び放浪生活へ出る。
そのために二人が邪魔になった。
だから殺す。
家財道具と二人の生命。
和田の中では、その比較が成立してしまったのである。
・事件発覚
・犯人の生い立ち
・事件の前兆
・事件当日の詳細
・捜査
・逮捕
・裁判
・まとめ