河内十人斬り
明治二十六年、暴風雨の水分村を襲った大量殺人
明治26年 1893年5月25日
大阪府石川郡赤阪村水分 現在の大阪府南河内郡千早赤阪村水分 金剛山麓の集落
■事件概要
明治二十六年 一八九三年五月二十五日。
大阪府石川郡赤阪村水分。現在の大阪府南河内郡千早赤阪村水分にあたる金剛山麓の集落で、城戸熊太郎と谷弥五郎という二人の男が、日本刀や銃器を携えて複数の家を襲撃した。
二人には、それぞれ女性関係と金銭をめぐる恨みがあった。
熊太郎は内縁関係にあった十九歳の女性・林田きぬと、村の有力者の家に属する竹田龍吉との関係に強い不満を抱いていた。それだけではない。きぬの母・林田つるへ貸したとされる金、竹田家との金銭貸借、賭博仲間との軋轢など、いくつもの不満が重なっていた。
弥五郎にも別の女性問題があった。深井あきという女性と親しい関係になり、一度は駆け落ちまでしたが連れ戻され、父親から結婚を拒否された。その後、弥五郎は金銭を要求したとされる。
一人の男の恨みと、もう一人の男の恨み。
それが互いを補強するように結びつき、二人は破滅的な方向へ進んでいった。
事件の約一週間前、熊太郎は自分の墓を建てたとされる。弥五郎も家賃を清算し、身の回りを片づけ、妹のやなに金を渡して別れを思わせる言葉を残している。
つまり、五月二十五日の深夜に始まった殺戮は、その場の酔いや一時的な激昂だけで説明できる事件ではない。
二人は、自分たちが生きて元の日常へ戻れない可能性まで考えながら、準備を進めていた形跡がある。
その夜、昼から降り続いていた雨は激しさを増し、風も吹き荒れていた。
家々の雨戸を雨粒が叩く。
農村の人々が戸を閉め、夜の闇に身を潜めるような天候だった。
午後十一時ごろ。
その暗闇の中を、熊太郎と弥五郎が動き始めた。
最初の標的の一つは竹田家だった。
銃声が響き、刃物が振るわれ、家に火が放たれた。
逃げる者。
追われる者。
眠りから起こされたまま状況を理解できずに殺された者。
幼い子供もいた。
十三歳の少女もいた。
五歳児、三歳児、乳児も命を奪われた。
熊太郎がその日の午後まで一つの傘に入り、同じ家で食事をしていたきぬも、数時間後には殺害された。
十人が死亡したとする当時資料の整理に従えば、これは一夜で一つの家だけが狙われた事件ではない。
家族関係と恨みの線で結ばれた複数の場所を、二人が武器を持って移動しながら襲った連続的な大量殺人である。
犯行後、熊太郎と弥五郎は金剛山へ逃走した。
警察は百人を超える規模の捜索隊を投入した。
だが二人は山中を熟知していた。
とりわけ弥五郎は山に強く、「山猫」と呼ばれたとも伝わる。
山中では木こりたちを脅し、食料を得て、さらに「まだ恨みのある者がいる」という趣旨の発言まで残した。
水分村には、
「また戻ってくる」
「まだ殺す相手がいる」
「村を焼き尽くすつもりだ」
といった噂が広がった。
男たちは夜に竹槍、鋤、鍬などを持って見張り、女性や子供を親類宅へ避難させる家も出た。
そして事件から約二週間後。
山中で熊太郎と弥五郎の遺体が発見された。
二人は逮捕されることも、法廷に立つこともなかった。
当時の検視では、熊太郎が先に弥五郎を撃ち、その後に自らも銃で命を絶った可能性が考えられたとされる。
しかし二人とも死亡しており、最期に何があったのかを本人の口から聞くことは永遠にできなくなった。
事件後、さらに異様な展開が待っていた。
十人が殺された直後から、この事件は新聞で連日のように報じられ、講釈、芝居、のちの浪曲や河内音頭へと急速に取り込まれていった。
やがて「熊太郎・弥五郎」という二人の犯人は、復讐に生きた義兄弟のように語られることになる。
だが史料の側へ戻れば、そこにあるのは英雄譚ではない。
恨みに直接関係のない幼児まで殺された大量殺人である。
この事件の最も不気味な部分は、二人が十人を殺したことだけではない。
その後、社会が事件から被害者の姿を削り、犯人二人の名を物語として残していったことである。
■いつ・どこで起きたか
事件が起きたのは、明治二十六年五月二十五日の深夜である。
場所は大阪府石川郡赤阪村水分。
現在の大阪府南河内郡千早赤阪村水分にあたる。
金剛山と葛城山に近い山間部で、田畑と山林が広がる土地だった。
現在なら自動車で行き来し、携帯電話で警察へ通報し、防犯カメラや位置情報によって逃走経路が絞られていく。
しかし明治二十六年には、そのようなものはない。
山へ入れば、谷がある。
杉林がある。
岩場がある。
獣道がある。
炭焼き小屋や木挽き小屋がある。
村の人間しか知らない道もあった。
しかも犯行当夜は悪天候だった。
昼から降っていた雨は夜になっても続き、風も強かった。
夜間照明の乏しい時代である。
暴風雨の農村は、現代人が考える以上の暗闇だったはずだ。
外から物音がしても、雨風にかき消される。
遠くで叫び声がしても、何が起きたのか分からない。
人が走っていても、闇に紛れる。
だからこそ、銃声と火災が同時に起きたとき、村人たちはすぐに状況を把握できなかった。
「火事だ」
と思って外へ出ようとした者もいただろう。
だが、その火の近くに刀と銃を持った人間がいる。
助けに行けば、自分が襲われる可能性がある。
誰が犯人なのか。
何人いるのか。
どこに潜んでいるのか。
誰を狙っているのか。
何も分からない。
事件当夜の水分村は、単に「殺人現場」になったのではない。
集落全体が、何が起きているのか分からないまま恐怖に閉じ込められたのである。
■登場人物
【犯人】
■城戸熊太郎
事件当時三十六歳。
水分周辺で暮らし、酒や賭博に関わる無頼的な人物として語られている。
林田きぬと内縁関係にあった。
きぬと竹田龍吉の関係、きぬの母への貸金、竹田家との金銭問題など、複数の遺恨を抱えていたとされる。
事件前に田畑を処分し、自分の墓を建てたという極めて異常な準備行動が伝わる。
■谷弥五郎
事件当時二十六歳。
熊太郎の弟分、義兄弟のような存在として伝わる。
賭博や喧嘩を好み、窃盗の前歴があったとする資料もある。
山に詳しく、「山猫」と呼ばれたとされる。
深井あきとの交際をめぐり、相手の家族と激しく対立していた。
事件前、妹やなへ金を渡し、別れを思わせる言葉を残した。
【熊太郎の家族】
■城戸平次
熊太郎の父。
事件後、息子の犯行によって一家が村で厳しい視線にさらされた。
被害者側へ土地などを譲って償いたいと申し出たとされる。
■城戸とよ
熊太郎の継母。
火災を見に出た際、暗闇で熊太郎らしき人物と接触したが、危害を加えられなかったとする話が残る。
■城戸光蔵
熊太郎の異母弟。十七歳。
事件後、父母が自殺を考えながらも、「この子を残して死ねない」と踏みとどまった理由になったとされる。
【弥五郎の家族】
■やな
弥五郎の妹。十九歳。
奉公に出ていた。
事件前、兄から一円を渡され、別れのような言葉をかけられたと伝わる。
■谷善之助
弥五郎の養父。
逃亡中の弥五郎が家へ現れた際、警察が捕縛を狙ったが、恐怖から戸を開けられなかったとされる。
【被害者・関係者】
■林田きぬ
十九歳。
熊太郎の内縁の女性。
竹田龍吉との男女関係が熊太郎との対立を深めた。
事件当日の午後には熊太郎と一つの傘で帰宅していたが、深夜に襲われ死亡した。
■林田つる
四十四歳。
きぬの母。
熊太郎との間に金銭問題があったとされる。
事件当夜、銃撃を受け死亡。
■林田うめ
十五歳。
きぬの妹。
事件当夜に殺害を免れ、逃げ延びた。
警察へ事件を知らせた重要な生存者の一人。
■竹田伝四郎
村で影響力を持つ家の中心人物。
事件当夜、最初の大きな襲撃を受けた家の家長。
負傷しながら竹藪方向へ逃げ、生存した。
■竹田梅
伝四郎の妻。五十四歳。
事件当夜、家で殺害された。
■竹田右六郎
伝四郎の三男。二十歳前後。
刃物で激しく攻撃され死亡。
資料では腹部が一尺余り切り開かれ、内臓が露出していたという趣旨の損傷記載がある。
■竹田はる
伝四郎の三女。十三歳。
事件当夜に殺害された。
■竹田鹿三郎
伝四郎の長男。二十八歳。
熊太郎との金銭上の確執があったとされる。
襲撃に気づいて家から逃走したが、麦畑まで追跡され、刃物による多数の傷を受けて死亡。
■竹田さち
鹿三郎の妻。二十六歳。
家の中で子供たちとともに襲われ死亡。
■竹田新太郎
鹿三郎の幼い子。五歳。
殺害された。
■竹田和太郎
鹿三郎の幼い子。三歳。
殺害された。
■竹田あきえ
乳児。
殺害された。
幼児の遺体損傷については後世資料に非常に凄惨な記述もあるが、資料間の差があるため本稿では確実に確認できる範囲を中心に記す。
■竹田龍吉
伝四郎の息子の一人。
きぬとの男女関係が熊太郎の恨みの中心の一つになった。
事件当夜は宇治方面へ製茶の仕事に出ており不在だったため、生き残った。
【その他の関係者】
■深井あき
弥五郎と親しい関係になった女性。
弥五郎と奈良方面へ駆け落ちしたが、家族側に連れ戻された。
■深井伝五郎
あきの父。
弥五郎から娘との結婚を求められたが、素行を理由に拒否したとされる。
その後、弥五郎から手切れ金を要求された。
■井上貞次郎
事件当日の朝、熊太郎と弥五郎が酒を飲んでいたところへ通りかかった知人。
二人と一緒に酒を飲んだと伝わる。
■庄太郎
山中で逃亡中の熊太郎と弥五郎に遭遇した木こり。
銃口を向けられ、立ち去るよう脅されたとされる。
■藤太郎ら木挽き
山中の木挽小屋で二人の逃亡者と接触。
熊太郎から「まだ恨みのある者がいる」という趣旨の話を聞いた重要な証言者たち。
■青木清造・青木こはる
逃亡中の二人が村周辺へ戻った際に接触した家の夫婦。
こはるは幼児を抱えた状態で二人と遭遇し、その後警察へ知らせたとされる。
■事件発覚
事件の発覚は、火災、銃声、悲鳴が重なって進んだ。
深夜の村で、突然、家から火が上がった。
最初にそれを見た者は、殺人事件とは考えなかったかもしれない。
「火事や!」
人が騒ぐ。
だが、火のそばから銃声が聞こえる。
悲鳴が上がる。
走って逃げる者がいる。
「賊や!」
という声まで聞こえる。
そこで初めて、人々は単なる火事ではないと知った。
しかし外へ出れば襲われるかもしれない。
家に閉じこもれば、火を放たれるかもしれない。
誰かを助けに行けば、犯人と遭遇するかもしれない。
事件後、林田うめは逃げ延び、警察へ知らせた。
まだ十五歳だった。
母と姉を失った直後の少女が、暴風雨と混乱の中を走り、外部へ事件を伝えたのである。
夜が明けると、村人はようやく惨状の規模を知った。
焼けた家。
血の跡。
銃創。
深い刃傷。
倒れた大人。
そして、幼い子供たち。
しかも熊太郎と弥五郎は、そこにいない。
二人は山へ逃げ込んだらしい。
事件は終わっていなかった。
・犯人の生い立ち
・事件の前兆
・当日の詳細
・逮捕
・裁判
・判決
・まとめ
