赤と白のけしの花
明治45年「旭村中須賀少女殺人事件」

明治45年5月22日

高知県土佐郡旭村 高知市中心部西方 旭から中須賀

■事件概要

明治四十五年五月二十二日。

まだ梅雨の重さが本格化する前の、高知の初夏だった。

土佐郡旭村。
現在の高知市中心部西方、旭から中須賀にかけての一帯に当たる地域である。

正午を少し過ぎたころ、一人の少女が自宅を出た。

川原美咲。

旭村尋常高等小学校の尋常科五年生だった。

家と学校が近かったため、美咲には毎日の習慣があった。
午前の授業が終わると、いったん家へ戻る。
家で昼食を食べる。
そして午後の授業に間に合うよう、また学校へ戻る。

それは特別なことではなかった。

母親にとっても、
学校にとっても、
近所の人々にとっても、
あまりに見慣れた日常だった。

五月二十二日も、美咲は午前十一時半ごろに帰宅した。

昼食を食べた。

そして正午を少し過ぎたころ、母の杉本千代に声をかけ、学校へ向かって走っていった。

母はその後ろ姿を見送った。

数時間後にまた娘が帰ってくる。

そう思っていた。

ところが、美咲は学校へ着かなかった。

家にも戻らなかった。

午後になり、美咲が学校へ来ていないことが分かる。

級友が学用品を持って家へ来た。

「美咲ちゃん、午後は学校へ来ていないので……」

再構成するなら、そんな短い言葉だったはずである。

母は驚いた。

「そんなはずはありません。さっき、学校へ行ったんです」

自分の目で見ている。

昼食を終えた娘が、家の東側の郡道を学校の方向へ走っていった。

いつも通りの背中だった。

しかし、その「いつも通り」の途中で少女は消えていた。

近所の人々が集まった。

捜索が始まった。

その過程で、一つの奇妙な目撃談が浮かび上がる。

赤と白のけしの花を持った男。

三十歳前後。
肥満気味。
目が大きい。

そして、その男の後ろを歩いていた少女。

少女の手にも、けしの花があった。

捜索の末、美咲は村の北側に広がる桑畑の中で発見された。

生きてはいなかった。

少女は何者かの暴行を受けたうえで殺害されたと判断された。

そして遺体の足もとには、ちぎれたけしの花が散っていた。

赤い花。

白い花。

少し前まで、男の手にあった花。

その後、少女が手にしていた花。

そして最後には、殺害現場に散った花。

この一本の細い糸を、警察は三か月以上たどり続けた。

やがて捜査線上に浮上したのが、旭村に住む二十八歳の男、中○正○だった。

定職はなかった。

目撃者たちが語る男の特徴に酷似していた。

複数の目撃者による確認が行われた。

「この男に違いない」

証言は重なった。

中○は当初、犯行を否認した。

しかし取り調べが続き、やがて自白したと事件史は記録している。

事件は裁判に付され、最終的に中○には懲役二十二年が言い渡された。

事件史は、この事件が当時の県民、とりわけ子を持つ親に大きな衝撃を与えた事件だったと位置づけている。

少女の命を奪った犯罪。

それと同時に、

どこにでもある通学路、
どこにでもある昼食、
どこにでもある畑、
そして美しい花が、

ある一日の数時間だけで、永久に別の意味へ変わってしまった事件でもあった。

【「数百メートル」の恐怖】

この事件を遠くから眺めると、一人の少女が誘い出され、桑畑で殺害された事件という一行に縮めることができる。

しかし家族の側から見れば、その一行の中には無数の時間がある。

朝、学校へ送り出した時間。
昼に戸口が開き、娘が帰ってきた時間。
茶碗を置く音。
午後の授業に遅れまいと立ち上がる姿。
戸口から出ていく背中。

それらは事件が起きるまでは、記憶にとどめる必要すらない日常だった。

人は、特別な日だけを記憶するのではない。

事故や犯罪が起きると、それまで何の意味もなかった場面が、突然「最後」という名前を与えられる。

最後の昼食。
最後の会話。
最後に見た背中。
最後に見た服。
最後に聞いた足音。

美咲の母にとって、五月二十二日の正午は、その後の人生で何度も反復される時間になった可能性がある。

「もう少しゆっくりしていきなさい」

もし、そんな一言を言っていたら。

「今日は送っていこうか」

もし、そう考えていたら。

だが、母親に未来は見えない。

日常の中では、子どもが家から学校へ戻ることは危険な行動ではない。

だから、この事件の恐怖は「危険な場所へ行った子どもが被害に遭った」という説明では片づかない。

安全だと思われた生活圏の、ごく短い距離の中で少女が奪われた。

その距離の短さが、事件後の旭村に与えた衝撃を大きくしたと考えられる。

【花が記憶を固定する】

目撃証言を考えるとき、けしの花は非常に重要である。

人は通りすがりの他人を一人ひとり覚えてはいない。

道を歩く男。
買い物帰りの女。
学校帰りの子ども。

数時間後には顔も服装も忘れていることが多い。

しかし、視界の中に強い色が入ると記憶が残ることがある。

赤と白。

四、五本。

男の手にまとまっていた花。

母親は、その美しさに振り返った。

この「振り返った」という行為が、事件後には大きな意味を持った。

もし男が何も持っていなければ、
母は男の姿を記憶していなかったかもしれない。

もし花が地味なら、
福○も少女の手元まで覚えていなかったかもしれない。

もし大久保が男の顔しか見ていなければ、
三か月後の聞き取りで記憶を呼び戻せなかったかもしれない。

花は、視覚的な印として複数の証言を結びつけた。

その意味で「けしの花事件」という呼び名は、単なる文学的な題名ではない。

事件の捜査構造そのものを表す言葉でもある。

■いつ・どこで起きたか

事件が起きたのは、明治四十五年五月二十二日。

明治四十五年は、明治天皇が崩御し、大正へ改元される年である。

事件当時、高知市の西方には土佐郡旭村が存在していた。

現在の高知市旭地区、中須賀町、旭駅前町などにつながる地域である。

現在は住宅や道路が密集する市街地となっているが、当時は現在よりはるかに農地の比率が高かった。

事件の舞台として史料に現れるのは、

旭村尋常高等小学校、
旭駅付近、
村田小路と呼ばれた狭い道、
その北側に広がっていた桑畑である。

美咲の家と学校は近かった。

この点が事件の不気味さを強めている。

少女は遠足へ出たのではない。
見知らぬ町へ遊びに行ったのでもない。
夜道を一人で歩いていたのでもない。

昼。

自宅から学校へ戻る、ごく短い移動の途中だった。

家族の感覚からすれば、最も危険から遠く見える時間帯だったはずである。

午前十一時半ごろ。

美咲は学校から自宅へ戻った。

家で昼食をとる。

正午を少し過ぎる。

「行ってきます」

そう言ったかどうかは史料には残らない。

ただ、母親は娘が学校の方向へ走っていく姿を見ている。

この後、美咲を生きた姿で確実に見た家族はいない。

当時の旭村は、まったくの無人地帯ではなかった。

駅がある。

商店がある。

家がある。

人が道を歩く。

その一方、住宅地の先には畑が広がっていた。

人目が完全に消えるわけではないが、道を一本外れれば、周囲から見えにくい場所が存在する。

事件は、そのような「人の暮らし」と「人目の薄い場所」が隣り合う空間で起きた。

登場人物

■ 川原美咲
被害少女。

旭村尋常高等小学校尋常科五年生。

毎日、昼休みになると家へ帰り、食事を済ませてから再登校していた。
五月二十二日も午前十一時半ごろ帰宅。
昼食後、学校へ向かったまま行方不明となり、同日、桑畑で遺体となって発見された。

■ 川原千代
美咲の母親。

娘が昼食を終えて学校へ戻る姿を最後に見送った。

その後、自身も買い物に出た際、旭駅付近で赤と白のけしの花を四、五本持つ男とすれ違っている。

花があまりに目立ったため、思わず振り返ったという。

その何気ない記憶が、後に捜査の重要な手掛かりとなった。

■ 福○
村田小路に面した商店にいた人物。

事件当日の正午過ぎ、三十歳前後に見える男と、その後ろを歩く少女を目撃した。

少女は赤と白のけしの花を持っていた。

男と少女は北の方向へ歩いていったという。

■ 山○亀○
旭小学校の小使い。

事件発生から約三か月後、事件当日に不審な男を目撃していた可能性が警察の聞き込みで浮上する。

この時期になって得られた新証言が、停滞していた捜査を再び動かす一因となった。

■ 大久保某
事件現場付近の住民。

事件当日、ある家へ向かう途中、東から来る男とすれ違った。

男は三十歳ほど。
肥満した体格。
目が大きい。

そして、赤と白の美しいけしの花を持っていた。

母親の証言、福○の証言、大久保の証言。

三つの別々の場所で、
時間、
年齢、
体格、
そして花が重なっていく。

■ 中○正○
事件当時二十八歳。

旭村に住んでいた。

定職がなく、史料では一定の職業に就かず暮らしていた人物として記されている。

複数の目撃者が語った「けしの花を持った男」の特徴と似ていたことから捜査線上に浮上。

目撃者による人物確認を経て取り調べを受け、当初は否認したが、後に自白したとされる。

裁判の結果、懲役二十二年。

なお、史料が氏名を伏字で示しているため、本稿では実名を推測しない。

■ 原次郎
当時の高知警察署長。警視。

少女の遺体発見後、現場へ出動した警察幹部の一人。

■ 正木警部
高知警察署側の捜査・現場検証に当たった警察官。

■ 道倉警部補
現場に臨場した警察官。

■ 吉永警部補
同じく現場に臨場した警察官。

■ 予審判事・検事
少女の遺体発見後、地方裁判所から現場へ赴いた。

当時は現在とは刑事手続の仕組みが異なり、重大事件では予審判事が犯罪事実や証拠を調べる制度が存在していた。

■事件発覚

午後になっても、美咲は学校へ現れなかった。

最初に異変がはっきりしたのは、学校と家庭の認識が食い違った瞬間だった。

母親は、

「美咲は学校にいる」

と思っている。

学校側は、

「家にいるのかもしれない」

と考える。

その間に少女だけが消えていた。

美咲の級友が、学用品を持って家を訪れた。

「美咲ちゃん、午後は学校へ来ていません」

母の千代は、一瞬、意味が分からなかっただろう。

「来ていない?」

「はい」

「でも、昼ご飯を食べて……学校へ行ったんです。私が見ました」

娘が理由もなく学校へ戻らないことは、それまでなかったという。

だから最初は、
寄り道かもしれない。
友だちの家かもしれない。
忘れ物を取りにどこかへ回ったのかもしれない。

そう考えたとしても不思議ではない。

しかし探してもいない。

近所にもいない。

友だちも知らない。

時間が過ぎる。

昼の明るさが少しずつ午後の色へ変わる。

「どこへ行ったの」

母親が同じ言葉を何度繰り返したかは分からない。

やがて、近隣に知らせが回った。

大人たちが道へ出る。

「美咲ちゃんを見なかったか」

「学校へ行く途中だったはずだ」

「誰かと一緒じゃなかったか」

そのとき、村田小路付近の目撃情報が出た。

福○が言った。

「そういえば、昼過ぎに男と女の子を見た」

「男?」

「三十くらいに見えた。女の子が後ろを歩いていた」

「どっちへ行った」

「北のほうだ」

そして、もう一つ。

「女の子は花を持っていた」

「何の花だ」

「けしの花だ。赤と白の」

その言葉を聞いたとき、母親の中で別の記憶がつながった。

駅の近く。

自分とすれ違った男。

太めの体格。

手には四、五本のけし。

あまりに花がきれいだった。

だから振り返った。

「私も見ました」

母親は言ったはずである。

「けしの花を持った男を見ました」

一つの目撃談だけなら、偶然で終わったかもしれない。

だが少女が消えた時間帯に、
家の近くで、
駅の近くで、
けしの花を持った男が目撃され、
別の場所では少女まで同じ花を持っている。

捜索の方向は、村田小路の北へ向かった。

その先は桑畑だった。

【捜索する側の時間】

少女がいないと分かった直後の捜索は、現在のような組織的な行方不明者捜索とは違ったはずである。

まず家族が探す。
近所に尋ねる。
学校へ確認する。
友人宅を回る。

やがて事情を知った住民が加わる。

「そっちの道は見たか」

「駅のほうは?」

「畑の中も見たほうがいい」

「誰か男と一緒にいるのを見なかったか」

何人もの人間が、同じ少女の名前を呼ぶ。

最初のうちは、
どこかで遊んでいるだけかもしれない、
誰かの家にいるかもしれない、
という希望が残る。

だが時間が過ぎるほど、その希望は薄くなる。

子どもの失踪で最も恐ろしいのは、何も分からない時間である。

生きているのか。
けがをしているのか。
誰かと一緒なのか。
自分で歩いているのか。
助けを求めているのか。

家族は何も知らない。

そして捜索する人々も何も知らない。

ただ名前を呼び、
道を見、
畑を見、
草の陰を確かめる。

美咲を発見した瞬間、その「分からない時間」は終わる。

しかし終わり方は、家族が望んだものではなかった。

【桑畑で発見されたもの】

少女を発見した人間が最初に何を見たか、詳細な描写は史料にない。

そのため、身体の具体的な傷や衣服の状態を想像して書くことはできない。

ただし、現場を見た捜査側が事故ではなく犯罪だと判断し、暴行の後に殺害されたと認定するだけの状況があった。

数時間前まで教室にいた子どもである。

家に戻り、母の前で食事をした子どもである。

その身体が、桑畑の土の上で動かなくなっていた。

呼びかけても返事はない。

家へ連れて帰り、
休ませれば元気になるという状態ではない。

もう午後の授業にも、
夕食にも、
翌日の学校にも戻れない。

そしてその足もとには、赤と白の花が散っていた。

人が意図して置いたのか。
争いの中で落ちたのか。
少女が握っていたものが散ったのか。

そこまでの過程は分からない。

しかし捜査官にとって、その花は見逃すことのできない遺留物になった。

花は、事件前の目撃証言と現場をつないだ。

「男が持っていた」

「少女も持っていた」

「現場にもあった」

この三つが一本につながったとき、警察は「けしの花を持った男」を追うことになる。

■犯人の生い立ち

この事件について、最も慎重に扱わなければならない部分が「犯人の生い立ち」である。

史料が中○正○について明確に伝えている個人情報は、非常に少ない。

事件当時二十八歳。

旭村に居住。

定職がなかった。

そして目撃証言によって容疑者として浮上し、後に自白し、懲役二十二年の判決を受けた。

確認できるのは、おおむねそこまでである。

出生地。
両親。
兄弟。
幼少期の家庭環境。
学校歴。
少年期の素行。
それまでの職歴。
前科。
結婚歴。
交友関係。
性格。
過去の女性関係。

こうした事柄について、資料には具体的な記録がない。

したがって、

「幼いころから残虐だった」
「家庭が荒れていた」
「女性への執着が強かった」
「幼少期の体験が犯罪につながった」

といった説明を付け加えることはできない。

犯罪ノンフィクションでは、犯人の幼少期に原因を求める書き方がしばしば行われる。

しかし資料がない事件でそれを行えば、それは調査ではなく創作になってしまう。

分かるのは、二十八歳の時点で中○が定職を持たず旭村周辺で生活していたこと。

そして事件当日、目撃者たちが見た男の外見的特徴とよく似ていたことだけである。

この「空白」は、事件を理解するうえで重要でもある。

百年以上前の地方事件では、捜査記録、裁判記録、新聞記事、戸籍・家族史などが完全な形で残っていない場合がある。

現代の読者が求めるような、

「なぜこの男はこうなったのか」

という説明を、歴史資料が用意してくれているとは限らない。

中○正○については、まさにその例である。

そのため本稿では、生い立ちを物語として作らない。

むしろ、

「分からない」

という事実そのものを残しておく。

それがこの事件に対して最も誠実な書き方だと考える。

■事件の前兆

事件の前兆と呼べるものは、史料の中にはほとんどない。

美咲の家庭で異変が起きていたわけではない。

脅迫状が届いた記録もない。

不審者につけ回されていたという記録もない。

学校で誰かが待ち伏せしていたという話もない。

前日から男が少女を狙っていたという証拠もない。

だからこそ、この事件は恐ろしい。

重大犯罪の前には、必ず不気味な兆候が現れる。

そう信じたくなる。

しかし現実には、異常はいつも「異常な姿」で現れるわけではない。

五月二十二日の昼まで、美咲の生活はいつも通りだった。

学校から帰る。
昼食を食べる。
学校へ戻る。

前兆らしいものを無理に探すなら、一つだけある。

けしの花を持った男である。

だがそれも、事件が起きる前の段階では前兆に見えない。

道を歩く男が花を持っている。

ただそれだけだ。

母親は男を見た。

しかし恐怖は感じていない。

むしろ目を引いたのは花の美しさだった。

赤と白。

四、五本。

初夏の光の中で、その花はよく目立った。

母親は思わず振り返った。

その瞬間、母親にとって男は「不審者」ではない。

「きれいな花を持った人」にすぎなかった。

この認識が数時間後には完全に反転する。

犯罪の前兆は、
後から見れば前兆になる。

事件が起きるまでは、
ただの日常の断片でしかない。

この事件では、その残酷な事実が、けしの花という象徴によってはっきり示されている。

・当日の詳細

・逮捕

・裁判

・判決

・まとめ