「好色女お柳の最後」富山リウと和歌山連続入り婿殺し事件

和歌山県 大正15年 1926年9月1日

■事件概要

大正十五年 一九二六年九月一日。

和歌山県警察に、一通の投書が届いた。

差出人の名は、寺杣綱次郎。

当時三十八歳。

手紙には、数年前から失踪したと考えられていた二人の男が、実際には殺害されているという驚くべき内容が記されていた。

しかも、寺杣は単なる目撃者でも告発者でもなかった。

自分自身が、そのうち一件の殺人に関与した共犯者だった。

投書の中で浮かび上がった中心人物は、富山リウ。

そして北野トラヘ。

二人の女性を中心に、数年の間に二人の男性が殺害され、遺体は土中へ埋められ、さらに被害者自身がどこかへ旅立ったかのように見せかける工作が行われていた。

第一の事件は大正十一年五月二十二日。

第二の事件は大正十三年八月二十三日。

二つの事件には共通点があった。

殺害方法は絞殺。

遺体を土中へ隠す。

その後、被害者が自分の意思で姿を消したかのように装う。

第一の事件では、被害者本人から送られてきたように見せかけた偽の手紙まで用意された。

いったん埋めた遺体が発見されることを恐れた富山リウは、後になって第一の被害者の遺体を一人で掘り返し、別の場所へ埋め直したともされる。

最初の殺人は、財産をめぐる欲望から始まった。

しかし、事件はそこで終わらなかった。

第一の殺人に加わった男が、その秘密を握っていることを背景に次第に横暴になったとされ、やがて富山リウと北野トラヘにとって、今度はその男自身が邪魔な存在となっていった。

そして二年後。

最初の殺人を手伝った男は、今度は殺される側に回った。

一度は加害者だった人物が、二度目の事件では被害者となる。

さらにその第二の殺人に加わった寺杣綱次郎が、のちに富山リウに裏切られたという感情を抱き、警察へ投書する。

人を殺し、遺体を隠し、失踪を偽装し、秘密を共有する仲間を増やした結果、最後にはその仲間の一人によってすべてが暴露された。

この事件は、単なる男女関係のもつれではない。

財産。

支配。

共犯。

秘密。

裏切り。

そして、犯罪を隠すために新しい犯罪を重ねていく連鎖。

後世の犯罪読み物は富山リウを「好色女」と呼んだ。

しかし事件の構造を追っていくと、その中心にあるのは、好色という言葉だけでは到底説明できない、人間関係と欲望の崩壊だったことが分かる。

■いつ・どこで起きたか

第一の殺人が行われたのは、大正十一年――一九二二年五月二十二日。

舞台は和歌山県。

被害者は北野トラヘの入り婿だった男性である。

当時、「入り婿」という立場は単に結婚相手の家で暮らすというだけではなかった。

家名。

土地。

財産。

相続。

家そのものの存続。

現代以上に、婚姻と財産が密接につながっていた時代である。

その中で、富山リウと北野トラヘらは、財産を狙って幸田を殺害する計画を立てたとされる。

そして約二年後。

大正十三年――一九二四年八月二十三日。

第二の殺人が行われた。

被害者は、第一の殺人に共犯者として加わっていた男性。

信田友一。

信田は最初の事件では幸田を殺す側だった。

ところがその後、秘密を握る立場を背景に次第に横暴になったとされる。

富山リウと北野トラヘは、今度はその信田を排除しようと考えた。

第二の計画には、寺杣綱次郎と、当時二十六歳とされるもう一人の人物が加わった。

こうして二件の殺人は、約二年の間隔を置いて同じ人間関係の中から生まれた。

事件が警察の捜査対象として本格的に動き出すのは、さらに二年後。

大正十五年九月一日。

寺杣綱次郎が和歌山県警察へ投書したことが発端だった。

そして裁判は昭和へ入ってから続き、昭和二年六月十六日に和歌山地方裁判所で一審判決。

同年十二月二十八日に大阪控訴院で控訴審判決。

昭和三年九月二十四日、大審院で上告が棄却され、富山リウの死刑が確定した。

■登場人物

富山リウ

本事件の中心人物。

事件整理資料では満四十三歳とされる。

後世の犯罪読み物では「好色女」という扇情的な言葉で紹介されたが、裁判経過から見えてくるのは、単なる男女関係の奔放さではない。

財産を狙った第一の殺人。

共犯者が邪魔になったことによる第二の殺人。

遺体の隠匿。

失踪偽装。

さらに第一の被害者の遺体が発見されることを恐れ、一人で掘り返して別の場所へ埋め直したとされる行動。

二つの事件の中心にいた人物であり、最終的に死刑判決が確定した。

北野トラヘ

事件整理資料では三十七歳。

第一の被害者である入り婿の妻側にあたる人物。

富山リウとともに、財産を目的として入り婿の殺害を計画したとされる。

第二の殺人にも関与。

一審では富山リウとともに死刑判決を受けたが、控訴審で無期懲役へ減刑された。

■寺杣綱次郎

当時三十八歳。

第二の殺人に加わった共犯者。

ところがのちに富山リウに裏切られたという思いを抱き、大正十五年九月一日に和歌山県警察へ投書。

この投書が、二件の殺人を明るみに出す直接のきっかけとなった。

検察からは死刑を求刑されたが、一審判決は無期懲役。

控訴は棄却された。

氏名不詳の共犯者

第二の殺人に加わった人物。

資料では当時二十六歳とされるが、実名は確認できない。

検察から無期懲役を求刑されたが、一審では懲役十年。

控訴は棄却された。

幸田守

第一の被害者。

北野トラヘの入り婿。

富山リウ、北野トラヘ、信田友一の三人によって殺害されたとされる。

殺害方法は絞殺。

遺体は土中へ埋められ、本人がどこかへ行ったように見せるため偽の手紙まで用意された。

のちに富山リウが発見を恐れ、遺体を掘り返して別の場所へ移したとされる。

信田友一

第二の被害者。

ただし、第一の殺人では共犯者だった。

第一の事件では幸田守を殺害する側に加わった。

その後、秘密を共有する立場を背景に横暴になったとされ、富山リウと北野トラヘから邪魔な存在と見られるようになった。

そして大正十三年八月二十三日。

今度は自分自身が絞殺され、遺体を埋められ、失踪したように偽装された。

■事件発覚

事件発覚のきっかけは、刑事の執念でも偶然の発見でもなかった。

共犯者の裏切りだった。

大正十五年九月一日。

寺杣綱次郎は和歌山県警察へ一通の投書を送った。

そこには、数年前に姿を消した二人の男が、実際には殺害されていること。

富山リウや北野トラヘが事件に関与していること。

そして寺杣自身も第二の事件に加わっていることにつながる内容が書かれていた。

警察は、それまで「失踪」と見えていた出来事を、殺人という視点から見直し始める。

男たちは本当に自分の意思で家を出たのか。

本人から届いたとされた手紙は本物なのか。

最後に一緒にいたのは誰なのか。

財産をめぐる関係はどうなっていたのか。

なぜ二人の男が、同じ人間関係の中から次々と姿を消したのか。

点だった出来事が、投書をきっかけに線へ変わった。

そして、土の中に隠されていた二件の殺人が明るみに出ていった。

■犯人の生い立ち

富山リウの幼少期や家族環境、学歴、若い頃の生活などについて、今回の資料から詳しい経歴を確認することはできない。

したがって、ここで存在しない生い立ちを創作することはしない。

確認できるのは、事件当時の富山リウが四十代前半であり、北野トラヘらと複雑な人間関係を形成し、その中で財産、男女関係、共犯関係が絡む二件の殺人の中心にいたということである。

後世の犯罪読み物では、リウは「好色女」として強調された。

いかにも男を惑わせ、色欲に溺れ、次々と男を破滅させた女であるかのような印象を与える呼び名である。

しかし、確認できる事件経過だけを追えば、犯罪の核心はそれほど単純ではない。

第一の殺人で問題となったのは財産だった。

北野トラヘには入り婿がいた。

その入り婿が存在することで、土地や家、財産の扱いに支障があったと考えられた。

そして富山リウと北野トラヘは、男を「いなくする」という選択をした。

離縁でもない。

話し合いでもない。

訴訟でもない。

家を分けることでもない。

相手を殺し、存在そのものを消す。

ここに、この事件を理解するうえで重要な性質が表れている。

リウたちは、問題を解決するために人を排除するという発想へ進んだ。

人間そのものを消してしまえば、問題も消える。

そう考えた。

だが実際には、人を一人殺すと、問題は減るどころか増える。

死体が残る。

行方を聞く人間が現れる。

家族や知人が捜す。

警察が動くかもしれない。

共犯者が秘密を知る。

その秘密を守るため、新しい嘘が必要になる。

そして、その嘘を守るために、さらに新しい犯罪が必要になる。

第一の殺人後、富山リウはその現実を嫌というほど知ることになる。

殺害しただけでは終わらない。

遺体を埋めなければならない。

失踪したように見せなければならない。

偽の手紙まで作らなければならない。

しかも、いったん遺体を隠した後も安心できない。

「見つかるのではないか」

という恐怖が残る。

そのため、リウは第一の被害者の遺体を後になって一人で掘り返し、別の場所へ埋め直したとされる。

それは、衝動的な殺人だけでは説明しにくい行動だった。

犯行後も、証拠を消すために冷静な行動を続けていたことになる。

土を掘る。

埋めたものを出す。

それを再び移す。

土をかぶせる。

そして、何事もなかったように日常へ戻る。

この行動には、リウの中で殺人が「過去の一瞬」ではなく、現在進行形の秘密として生き続けていたことが表れている。

第一の殺人が終わっても、リウにとって事件は終わっていなかった。

地面の下にある遺体が、常に自分を告発する可能性を持つ証拠として存在していた。

だから掘り返した。

しかし、リウが本当に恐れるべき証拠は、地面の下だけにあったのではない。

共犯者の頭の中にもあった。

北野トラヘ。

信田友一。

そして後に加わる寺杣綱次郎。

犯罪を知る人間が増えるほど、秘密は弱くなる。

一人なら黙っていればよい。

二人なら相手も黙っていることを信じなければならない。

三人、四人となれば、それぞれに感情がある。

欲がある。

恨みがある。

嫉妬がある。

裏切りがある。

その危険性が、第二の殺人で現実になる。

第一の殺人を共にした信田友一は、その秘密を背景に横暴になったとされる。

つまり共犯者であることが、一種の力になった。

「自分はあのことを知っている」

口に出さなくても、それだけで相手を縛ることができる。

相手も自分を簡単には警察へ売れない。

自分が捕まれば相手も捕まる。

犯罪という秘密は、仲間同士を結びつける鎖であると同時に、互いの首へ巻かれた縄でもある。

富山リウは、その関係の中で再び同じ結論へ向かった。

邪魔な人間は消す。

最初の殺人で越えた一線が、二度目には以前より低くなっていた可能性がある。

一度、人を殺すことで問題を処理してしまう。

すると次の問題に直面した時も、

「また同じ方法で片づけられる」

という発想が生まれる。

この事件の恐ろしさは、まさにそこにある。

・事件の前兆

・当日の詳細

・捜査

・未解決の理由

・まとめ