派遣モデル女子大生殺害事件

「仕事」として向かった21歳の女性と、社会の隙を探し続けた丹羽雄治

事件概要

2011年8月11日。

まだ夜が明けきらない午前4時45分ごろ。

愛知県犬山市にある愛知県警犬山署の駐車場へ、一台の軽乗用車が入ってきた。

運転していたのは、愛知県一宮市に住む丹羽雄治。

当時45歳だった。

丹羽は車を止めると警察署へ向かった。

手には、血の付いた折り畳み式のナイフがあった。

そして署員を前に、短く告げた。

「女性を殺した」

さらに一枚の学生証を差し出した。

「この人です」

署員が駐車場に止められた軽乗用車を確認する。

助手席には、若い女性がいた。

しかし、もう生きてはいなかった。

女性は裸の状態で、身体にはバスタオルがかけられていた。

この女性こそ、

朝比奈なつみさん、21歳(仮名)。

愛知淑徳大学3年生。

そしてモデル事務所に所属し、モデルとして仕事をしていた女子大学生だった。

前日の8月10日。

なつみさんは、モデル事務所から紹介された撮影の仕事へ向かった。

依頼内容は、

「新しく開くカイロプラクティック店のメニュー表に使用する、フェースマッサージのイメージ写真を撮影したい」

というものだった。

モデル事務所を通した正式な依頼。

依頼主から指定された待ち合わせ場所。

撮影の仕事。

なつみさん自身にとっては、危険な場所へ遊びに行くつもりなどなかった。

仕事だった。

事件の約2時間前、なつみさんはブログに、

「お仕事行ってきます わくわく」

という趣旨の文章を残していたと報じられている。

別資料では、

「行ってきます。ドキドキ」

とされており、文言には若干の違いがある。

しかし共通していることがある。

なつみさんは、

これから自分が殺されるなどとは考えていなかった。

むしろ、新しい仕事へ向かうことを楽しみにしていた。

午後2時30分ごろ。

JR尾張一宮駅。

なつみさんは丹羽と会った。

そして丹羽の車で、一宮市内にある丹羽の自宅へ向かった。

だが、

そこに本格的な撮影機材はなかった。

新しく開業する店舗としての十分な実態も乏しかった。

モデルを呼んだ本当の目的は、撮影ではなかった。

後の裁判で認定されたのは、

若い女性を一人で自宅へ呼び寄せ、わいせつ行為に及ぶこと。

そのために丹羽は、

「整体」

「カイロプラクティック」

「フェースマッサージ」

「撮影」

「メニュー表」

という言葉を組み合わせ、

もっともらしい仕事を作り上げていた。

しかも丹羽がモデル事務所へ接触したのは、一度や二度ではなかった。

事件前の6月中旬から8月上旬にかけ、

東京。

大阪。

愛知。

長野。

各地のモデル事務所へ、何度も女性の派遣を依頼していた。

第三者の立ち会いを嫌がる。

未成年の場合に保護者が同行すると聞けば難色を示す。

料金を後払いにしようとする。

こうした不自然な点から、多くの事務所は依頼を断った。

資料では、12のモデル事務所が派遣を拒否したとされる。

だが丹羽は諦めなかった。

一つ断られる。

次へ電話する。

また断られる。

また別の事務所へ連絡する。

そうして、

閉じていた扉の中から、

一枚だけ開く扉を探した。

その結果、

なつみさんの所属事務所からモデルの派遣を受けることに成功した。

そして丹羽は、事務所から示されたモデルの中から、21歳のなつみさんを指名した。

8月10日午後3時ごろ。

丹羽の自宅。

なつみさんは両腕をひもで縛られた。

異常を感じる。

抵抗する。

「痛いので、ほどいてください」

そう訴えた。

しかし丹羽は、ひもを解かなかった。

わいせつ行為をしようとした丹羽に対し、なつみさんは強く抵抗した。

声を上げる。

助けを求める。

丹羽は考えた。

この女性を解放したら、

警察へ行かれる。

自分の行為が発覚する。

そこで丹羽は折り畳み式ナイフを手にした。

そして、

両腕を拘束され、自由に逃げることのできない21歳の女性の首へ刃を突き立てた。

血が流れた。

撮影場所になるはずだった家が、

一瞬で殺害現場へ変わった。

殺害後。

丹羽は遺体を車へ乗せた。

岐阜県多治見市の山中へ向かった。

かばんを捨てた。

遺体も山中へ捨てようとした。

しかし、途中で断念した。

そして一晩近く遺体を連れたまま移動した後、

自ら警察署へ向かった。

事件発生から約14時間後だった。

いつ・どこで起きたか

事件が発生したのは、

2011年8月10日午後3時ごろ。

現場は、

愛知県一宮市時之島新田東にあった丹羽雄治の自宅。

被害者のなつみさんは、この家へ私的な交際のため訪れたのではない。

モデル事務所から派遣された。

依頼主は丹羽。

目的は、

「カイロプラクティック店のフェースマッサージのメニュー写真撮影」

と説明されていた。

午後2時30分ごろ。

JR尾張一宮駅前で二人は落ち合った。

そして丹羽の車で自宅へ移動。

午後3時ごろまでには、事件が起きたとされる。

つまり、

なつみさんが丹羽と出会ってから、

殺害されるまで、

それほど長い時間はなかった。

わずか30分ほど前。

彼女は駅前に立っていた。

仕事相手を待っていた。

その時点では、

自分の人生があとわずかしか残っていないことなど知るはずもなかった。

一方、

遺体を運んだ後の丹羽は、

愛知県を出て岐阜県多治見市の山中へ向かった。

自宅から約20キロ。

そこでなつみさんのかばんを捨てる。

しかし遺体の遺棄そのものは断念した。

そして翌8月11日午前4時45分ごろ、

愛知県犬山市の犬山警察署へ出頭。

この事件には、

三つの重要な場所がある。

一つ目。

JR尾張一宮駅。

なつみさんが仕事相手として丹羽と出会った場所。

二つ目。

一宮市にある丹羽の自宅。

仕事場を装った殺害現場。

三つ目。

犬山警察署。

丹羽が遺体を車に乗せたまま自首し、事件が公になった場所だった。

事件発覚まで

事件発覚の場面は、通常の殺人事件とは少し違っている。

警察が遺体を探し当てたのではない。

通行人が発見したのでもない。

犯人自身が、

遺体を乗せた車で警察署へ現れた。

だが、

そこに至るまでには約14時間の空白があった。

2011年8月10日午後

殺害後。

丹羽の自宅には血痕が残った。

なつみさんは死亡。

丹羽は、遺体をそのまま家に残さなかった。

裸の状態となった遺体にバスタオルをかける。

車へ乗せる。

財布。

学生証。

かばん。

それらも持ち出す。

丹羽は岐阜県多治見市方面へ走った。

人目の少ない山中へ入る。

そこで、なつみさんのかばんを捨てた。

遺体も捨てるつもりだったとみられている。

ところが、

途中で断念した。

丹羽はモデル事務所へ、

本名。

住所。

などを伝えていた。

つまり、

なつみさんが帰宅しなければ、

事務所から連絡が入る。

そして、

「最後に仕事で会った相手は誰か」

と調べれば、

いずれ丹羽の名前が出る。

愛知県警は、

丹羽がこのことに気づき、

遺体を山へ捨てても逃げ切れないと考えたため、

遺棄を断念した可能性が高いとみていた。

「死にたい」

その夜。

丹羽は家族へ、

「死にたい」

と伝えた。

そして行方が分からなくなった。

不審に思った姉が丹羽の自宅へ向かう。

家の中を見る。

そこには血痕があった。

何かが起きている。

家族は丹羽について警察へ届け出た。

だが、

丹羽は自殺しなかった。

車を走らせ続けた。

助手席には、

21歳のなつみさんの遺体が乗せられていた。

外は夜。

そして時間が過ぎる。

8月11日。

午前4時45分。

丹羽は犬山署へ車を入れた。

警察官の前へ出る。

血の付いたナイフを見せる。

「女性を殺した」

学生証を示す。

「この人です」

警察官が車へ向かう。

助手席。

若い女性。

しかし、もう返事はない。

こうして事件は発覚した。

・事件当日の詳細
・裁判
・判決
・まとめ